違和感があるままの、戦い。『人狩り』との。
気づけば辺りに散らばる荷物。助言めいた事を言われた気もするけれど
強奪されたのは事実。理由は、もうどうだっていい、けれど。
意識ははっきりしているのに、未だに視界に『あか』がちらついて離れない。

あかい、炎。森で、仲間を、傷つける、熱い。
もう、見たくはない、もの。

座り込んでいた自分の意識を引きもどしたのは、ルドの行動だった。
気づけばソルトの腕をつかみ、右手を振りあげる——そう、今にもそのまま攻撃をしそうな、
その行為を。ソルトは避ける様子も無く、いつもの笑みを浮かべて。
一体何を。
何が起きているかわからず、権利とは何なのか。喧嘩はやめてほしいと。
言葉にしたけれど声はうまく出てくれなかった。まだ戻って来れない。
『権利』が『義務』がルドにあるという。

静かな声は己の後ろから。未だ座り込んだままの少女の静かな声。
私は今どんな表情を浮かべて彼等の元へ向かっているのだろう。
その会話の真意も、言葉の意味もわからなくて。
それでも体だけは其方へ向かう。痛みはもう気にしない。

仲間同士で、傷つけあうのも、力を振るうのも、それは——視界の先。向かう先。
音が聞こえたかと思えば、視線の先で、ルドがソルトの額を軽く叩いていた。
目を瞬かせる己の先で、次いでトウカが覚束ない足取りでソルトへ近づく。
一歩、あと一歩の距離を保ったまま茫然としていた自分を通り過ぎ、今度は額へ垂直に手を落とす。
攻撃するかと思われたルドの行動は全く違い。
続くトウカの行動も己が予想したものとも違って。
そしてソルトが発した言葉も、違うもので。


内容を、自分が整理する、には。
自分達が感じた違和感はソルトがかけた『呪い』であったと。
其れは自分達を守るために選んだ手段であったと。
其れに対し、ただ二人とも、心配をしていたのだと。
声をかけて欲しいのだと。

恐らくみんなより一歩、遅れて理解をしていく。
きっとこの場で誰よりも『呪い』やそれが抱えるものについて知が無いのは、自分だ。
この間から本当に一人、ワンテンポずれていると思うけれど。
でもただ、ただ今はよかったと、素直に胸をなでおろして、笑う。
そして自分が伝えられるのは、感謝の言葉だけ。

「裏切りとは、思いません。寧ろ話して下さって、ありがとうございます」
「私達を仲間だと、友達だと思って下さったから、
逃げずにいて下さって、話して下さったんですよね」

憶えていてくれたのだろうと。彼なりの優しさが嬉しかったと笑う。
そして彼等の真似をして、軽く、叩く額。初めての、感覚。
少女の言う通り、少年を守りたいという気持ちは此方も同じだと、言う事を込めて。
自衛ではなく、意図的に誰かに攻撃的な、こんな行動をとるなんて初めてで。
不思議だったけれど悪い気はしなかったから。
儘ならないと少年は笑うけれど、きっと3人の言葉も思いも伝わっている。

あれが『呪い』だと言われればその通りなのだろう。
けれど違和感を感じたものの、あれを『不快』と感じたかと言われれば違う。
彼等の言う呪いについて自分は分からないことだらけだが。
呪いも、良きも悪きも紙一重だと、思っているから。
彼の意図が、何であれ———私は、私の感覚を、信じるだけ。



*


ソルトへ簡単に治癒を施した後、ルドの治療をしようと声に振り返り——
足元に居る土のエンブリオ——青年の言う所の『テラ』が視界に入る。
主である青年の外套を引っ張り、何かを引きずっている。
屈みこんで包みを開く青年と共にしゃがみ込んでのぞきこめば、
包みの中には簡易な食料、手当ての必要最低限の物、そして金銭の類。
どっから持って来たよ。というエンブリオの主の言葉に何かを訴えるように
前肢で荷物を突く。ちらり、青年の視線を受け、じい、と大地の精霊の翡翠色の瞳を見つめる。
エンブリオと意思の疎通を図ろうとする事も、言葉を交わそうとするのは、苦では無い。
寧ろそれは本来当たり前のことだから。随分久しいと感じる。
其れをしなかったのは少しの間の筈なのに、とても懐かしい、感覚。

「誰かから頂いたわけではない……ということ、ですか？
……でもテラさんが勝手に荷物を持ってくることはないでしょうし……」

呟く。小さな挙動と、恐らくルドには聞こえていないであろう
テラの言葉へ耳を傾けていくにつれて真意を、読み取る。
久しぶりすぎて少し時間がかかった、けれど。ああ、この荷物は。恐らく。
そしてこの、荷物を託したのは。

「……何はともあれ、テラさん、ありがとうございます」

けれどそれは、口にしなかった。
きっとそれは託した人の本意ではないし、託されたこの子の本意ではないだろうから。
だから笑ってそっと頭を撫でる。

「……じゃあ、拾い物か……？」

此方の言葉をそのまま受け取ったのだろう。青年も大地の精霊の首筋を撫でている。
見る限り、彼にはテラの言葉は聞こえていない。
それでも二人の間には確かに繋がりがあるし、彼がこの子を大事にしている事は分かるから。
二つの意味で、よかったですねと、思いながらそっともう一度撫ぜる。
やがて話を終えた少年と少女が此方へやってくるのも、後少し。

この森は慣れ親しんだ森ではないけれど、それでも淋しさは感じて。
思わず一人、呟いた。

どうやら、彼女の生きてきた環境には『先輩』『後輩』の概念は無かったらしい。
そう考えた少年は、簡潔に訂正した。

おそるおそる、顔を上げて。
視線の先には、穏やかな笑顔。
まるで、慈母のようだと、そう思った。

歯がゆいような表情で、ぎり、と噛み締めて。

本当は、分かっていたんだ。
きっと彼女は、覚えてなどいないだろうと。
あの言葉に込められた意味を、知ることなど無いのだと。

おずおずと訊ねた後、ぶんぶんと首を振って、困ったようにへにゃりと笑う。

困ったような表情のまま、問い掛けるように言葉を続ける。

いいかな？　そう付け足して、首を傾げた。

逃げるカエルを追いかけて走る、走る、走る。
追いつかない。

何故？

猛ダッシュしてもなぜか小さいカエル（エンブリオだ）に追いつけない。
アレがいないとこの世界では何も未だわからないというのに。
そんな気持ちを弄ぶように逃げるカエル。

カエルの先に運悪く人影、この際それが誰でも構わなかった。

ルドの声にはいつの間にエンブリオが消えていたのだろうと目を瞬かせ。
それをちらりと視界におさめ安堵の息を小さく吐くものの、
直ぐに気を取り直し、前を見据え。

すい、構える杖。やはり浮かぶ瞳の感情の色はいつもと少し違う。
そう。ここは森。長年慣れ親しんだ、いうなれば己の領域。
ならばもう仲間を傷つけさせまいという、確かな意思を持って。

ひとつ、息を吸い込む。鞄に下げた白い花を、包むように握り、息を吐く。

言い聞かせるように紡ぎながら、前を見据えた。

ありがとう。本当に。傍らの精霊達に告げれば、
彼らは嬉しそうに、風と鈴の音を、鳴らした。