第6話　扇動者

笑顔が特徴的な紳士が、教授と同じ鞄を持っていたことを思い出す。
警備兵さんに追われる時に鞄を取り違えたのだろう。
先ほどの黒服集団の狙いはこのネクターで、教授に持ち逃げされたと思われているわけだ。

教授は極めて簡単にそう断言した。

鳴丸のその質問に、教授は大学抗議の時のように淡泊に話し始める。
まるでそれが当然のことで、気づかないのはおかしいとでも言うように。

少し真面目な顔にになった教授がアリアを見る

無言で教授の顔を見返していたアリアは、エルに笑いかけてから口を開く。
エルが隣で溜息をついていた。

とか言いつつも、貴方が作ったんですよこのお金、と心の中で呟く。
前払いで全部払っておいて、領収書を作って大学に請求。後にキャンセル。
意図してないとはいえ、悪質ですね。
ま、でも考えてみれば教授が自費で家を借りた分がこっちに回ってきてるだけですから、これ教授のお金が入れ替わっただけですよね。
気づかれる前に使えるだけ使った方がいいのかもしれません。
自分のバッグを開けてお札を一掴み。さっと数えてアリアに渡す。

どうにもエルさんは食べ物に目が無いらしい。
懐柔する為にお菓子でも用意しようと頭の中でメモに追加する。

あるいは、それは言ってはいけない台詞だったのかもしれない。

突然教授の顔が激変する。
目を見開き、口を上げ、顔面が蒼白になり、急に音を立てて立ち上がった。

教授に首を掴まれて振り回された鳴丸が必死に助けの視線を寄越すのに、首を振って無理と答える。

部屋を飛び出し階段を駆け降りる教授を追って、飲み屋の中心と思しきカウンター席にたどり着く。
威風堂々と構えて視線を走らせるアスタリスクは、何を思ったのか、突然カウンター越しに酒を頼んだ。
出てきたのはウィスキーのロック。
一気に飲み干し、そのままの勢いでテーブルの上に飛び乗った。
ざわざわと周囲の視線が交錯する中、制止する学生二人を押し切って朗々と名乗りを上げたのだ。

かなりグレーゾーンな名乗りで視線を集めた教授は鋭く客たちを見返す。
昼食で賑わう店には一般客に紛れてちらほら鋭い視線を返す者たちがいた。
カリスマさえ感じる凶悪な笑みを浮かべて、アスタリスクは続ける。

酒場からどよめきの声が上がる。

教授は直ぐに店員に止められてテーブルから降ろされたが、厳しく苦情を言おうとした店員を一睨みで黙らせると、店内の反応を待つ。
当然のことながら、誰も反応しなかった。

まぁ当然のことかと、スラントがほっと胸を撫で下ろしたその時、一人の人物が歩み寄ってきた。

シュガーピンクの美しい髪、整った顔立ちに、良い生地を使っているであろう仕立ての良いワンピースを着た美少女が近づいてきた。

自信満々でキャレットは自己紹介をしたのだった。

頼りない力瘤を見せられて少しの間考え込む。

どうやら言わんとしたところを明後日の方向に勘違いしてしまったらしい。