開けた窓から入る風は、空気がピンと張り詰めて、冬のにおいを纏っている。
ふっ、と はき出した息は白く姿を変え、吹き抜ける風に霧散した。
寒さに身を震わせて、そろそろ閉めようと窓枠に置いた手を止める。

「？　母さん、なにか白いの降ってきたよ？」

灰色の空からチラチラと、白いなにかが降ってきていた。

「雪だわ……これは積もるかもね」

「　ゆ　き　？　」

「雪はね、冬になると降ってくるの。きっと明日には、一面真っ白になるよ」

「真っ白………すごいね！見たいなーまっしろー」

目を輝かせ空を見上げる私に母さんは、風邪をひくから早く窓閉めなさいね、と笑った。

今まで見てきた真っ黒い世界。
初めて見た色とりどりの世界。
そしてこれから見るであろう真っ白い世界。

まだ見ぬ景色に思いを馳せる私の耳に、母さんの声は届かない。
赤く燃える暖炉の薪が、パチリと軽快な音を出して爆ぜた。




雪だるまを作ろう。


次の日の昼過ぎ、唐突にそう言った伯母が私を外へと連れ出した。
ゆきだるま　が何なのか、私には想像もできなかったけれど、
彼女の嬉しそうな顔を見るに、きっと楽しいことなのだと思った。
敷き詰められた雪景色に心奪われていると、目の前に雪の塊が差し出される。

「いいかアデル、まずはこれくらいの雪玉を作るんだ」

「…んと、こうでいい？　ロジィ」

ロジーナの手に握られた雪玉をみながら、足元の雪をかき集め一生懸命丸くする。
彼女のより小さく、丸とはいえない歪な物だったが、上出来！と頭を撫でてくれた。

「ねぇ、ロジィ」

「んー？」

「ゆきだるま　って、なぁに？」



雪合戦をした。
初めて触る雪が冷たくて、早く玉を作れない私にロジィは容赦なく攻撃をしてきた。
今に思えばだいぬ手を抜いてくれていたのだろうが、当時の私では太刀打ちできるわけもなく
私はあっという間に、全身雪にまみれてしまった。

ソリに乗った。
古びたソリをどこからか引っ張りだして来た彼女は、子供の頃使ってたんだ、と得意げに笑った。
それから小さな坂を作り、何度も何度も、登ってはソリを滑らせた。



初めての遊びはどれも楽しく、私たちは時間を忘れ遊びまわる。
気がつくと、辺りは暗く、夜が近づいてきていた。

「そろそろ母さん、帰ってくるかなぁ」

冬の間、母さんは近所の家で仕事をしている。
おばあさんのお世話をする仕事らしい。


「ああ、帰ってきたらきっと驚くぞ！」

「うん！」

私たちは顔を突き合わせ、にやりと笑ったのだった。




ギュっギュッと、雪を踏みしめる音が聞こえ、暗がりに人の形が浮かび上がる。
次第に姿をあらわにする影は、紛れもなく母さんだ。

「おかえり！」

「…え？　ど、どうしたの二人して…？」

「二人じゃない、四人だろ」

驚いて目を瞬かせている母さんに、ロジィはニッと笑った。
私とロジィに挟まれて、二体の雪だるまが立っている。
大きな雪だるま　と　小さな雪だるま。

「こっちの小さいのがルディで、あっちの大きいのが父さん！　家族全員揃ったね」

時々見せる母さんの悲しそうな顔。
それを少しでも紛らわしたくて、一生懸命考えた、私なりの励ましだった。
…励ましだったのに。
私を抱きしめてくれた母さんは泣いていたんだ。

「母さん…悲しいの？　…ごめんね？」

「違うの…違う…っ」

「……人は、嬉しいときにも泣くんだ」

そう言ったロジィの声は、どこか淋しそうに聞こえた気がする。




—— あの時、あなたは何を思ったのだろうか。

怪我がないと分かったらしいアデルに元気よく返事をする。

何か考え込んでいる様子をおとなしく眺めていると

唐突に告げられた　お手

鼻先に差し出された手をすんっと嗅いでから、心配そうに手を上に上げてみた。
所謂マネキ・ネコのポーズである。

混乱している様子を見て、楽しげに笑い。

（——『それ』 を探して、もう幾年を経ただろう？）


何かしらの手がかりを得られないかとほんの僅かの期待を込めて
少女に出自を問うてみるが、返ってきた答えは

『村人に同じ髪色の人はいなかった』

というもので、それはどうにも求めるものへと通じるようには思えない。

返事にもつい落胆の色が滲む。

『何が』 とは言わず、そのまま口を噤む。
何時の間にか入日影は薄れ、東の空は仄暗い蒼に染まりかけていた。



そうして暫く沈黙が流れたが、不意に思いついたように少女が口を開いた。


『もしかしてあなたは、誰かを捜しているのか？』

先程少女が言いかけた言葉を 揶揄するように持ち出してみる。
出で立ちは男を装う風なのに、随分と少女趣味な表現だな…と思うと、
それまで固く引き結んでいた口元が ほんの少し緩んだ。

「悪かった」。——そう言って苦笑いを浮かべて見せると立ち上がる。

黒い出で立ちが薄闇に溶け込む中で、唯一白い肌は未だ血色を失っているように見えるが、
その足取りは先程に比べれば かなりしっかりしているようだ。




（薄青の瞳が、故郷の冬空に浮かぶ狼星の冷たさを思わせるように瞬いた）

竹光刀を振っている自分にとっては、鞘を取ると本物の刀に見える認識で怖く感じてしまうほどだ。
重い鉄や鉱石の剣を己の意志と信念で振りかざす。そんな強い意志は私にはない。
戦う意志。人を守る強い気持ちがアデルさんの中にある。憧れる気持ちがより強くなった。

要約すると、「もう少し、練習してきます。」
恥ずかしさのあまり、聞き取りにくいほど声が小さかった。