《ネクター》を巡るカジノパーティーに殴り込みをかけた、その数日後──。
郊外の小さな家に、一人の男の悲鳴が響き渡った。


「ぁああああああ痛ってぇー！！！！
おっま…くそ！もうちっとやり方ってもんがあんだろーが！痛ぇっつの！！」
「うるさい。お前がヘマやって怪我するのが悪い」

寝台の上で上体を起こし、ぎゃあぎゃあと叫び声をあげているのはご存知ジャックだ。
先日逃走する際、背後から飛んできた銃弾によって腕を負傷したのだが、
幸い弾は綺麗に貫通しており、さらにはすぐに病院に飛び込んだため、大事に至ることはなかった。
流石というか何というべきか、その辺りのツキの良さはやはり折り紙付きである。
──夜更けに血まみれの女装男二人に家の扉を蹴破られ、そのまま治療をさせられた医者については
実に気の毒の極みだったが。

とはいえ、いよいよ大々的に追われる身となってしまったからにはその場に長く留まる訳にもいかず、
急を要する対処……すなわち止血と傷口の洗浄、縫合だけを頼んだ上で抗生物質を受け取ると、
そのまま人目を避けながら薄闇に紛れて住処に戻り、そうして今に至る…という塩梅だった。


一方、喚いているジャックに対して苛立ちを隠そうともしないのはブラックである。
止血をしたとはいえ、相応の出血をしていたジャックは住処に辿り着いた瞬間に崩れ落ち、
つい先ほどまで寝台の上で深い眠りについていた始末。
それも不機嫌の要因だろうと、ジャックは唇を突き出しながらブラックを眺める。
ブラックは細い手指はわざと乱暴に、しかしなんとも手馴れた様子でてきぱきと傷に処置を施す。
その手際は素人目にも医療知識を有しているとひと目でわかるものであったが
本人が素性を明かさないため、どこで身につけたものなのかはよく解らない。
包帯をギュッときつく締め上げると、再びジャックが悲鳴を上げた。

「って、言ってるそばからちょっ、痛、いってえええええ！！
ヘマって…ありゃしょうがねーだろ！？ 後ろなんか見えるかよ！！」
「しょうがないことなんてあるか。まったく、バカにつける薬も一緒に貰ってくるべきだったな」

──それは台詞こそいつもの軽口に他ならなかったが、声音には酷くトゲがある。
そんな相棒の様子に、ジャックは片眉を上げた。

「…よう。何ヘソ曲げてんだよ」
「別に曲げてない」
「嘘つけ。すっげぇ機嫌わりぃだろ」
「…そんなことない」

言葉とは裏腹に、じろり、と睨みを効かせるその様は まさに“ご立腹”だ。

（あーあー。コイツ、こうなると長ぇんだよな…）

と、心の中で溜息を吐く。
ジャックは空いている手でがしがしと頭をかきながら、努めて明るく振る舞う。
──この状態はジャックにとってもブラックにとっても、好ましくないと判断したようだ。

「まあちっとばかし怪我しちまったけどよ。結果的にこうして生きてっし、いつまでも不貞腐れてんなって」
「…………」
「それにほら、えーと、アレだ。どんなケガしたってよ、お前ならぜーんぶ治してくれんだろ？
会ったばっかの頃みてぇによ。ブラック先生様々ってやつだな！」

そう言って悪戯っぽくにししと笑い、「なあ？」と同意を求めようとして…──






──次の瞬間、ジャックの左頬にガツンと強い衝撃が走った。





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ジャック（ENo.1597）の日記に続きます
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先程から自分に向けられる男の言葉に難解そうな顔を浮かべるも、鼻を鳴らしながら胸を張ってみせる

何かを言いかけたところで次の瞬間、自分の首に滑り込んできた冷たい手に身を固くした

指が自分の喉に食い込んできたところで思わず身構えたが、
次の瞬間聞こえてきたのは笑い声で、アールは肩すかしを食らったように呆然とそれを見ていた

自分の首をさするが、まだ全身の毛が逆だっているような感覚が残っている

濡れた料理を前に少女は机に突っ伏して気を失っていた
いや、違う。気を失ってはいなかった。少女は屈辱に震えていた

笑い声を残して去っていった男二人、名は知らぬ。彼女の名前も相手は知らぬ
しかし、忘れない。少女は二人を忘れたりはしない

挑まれた勝負に望んだのも彼女
酒に弱いということを自覚していながらも引くことのできなかったのも彼女

酒場の何人かが彼女に目をやり驚いた表情で壁を見る



賞金首　シェヘラザード



まだそこまで知られた名ではない
顔を覚えているものも稀だろう
ただ、彼女は覚えた

彼女に屈辱を与えた二人のことを
名も知らぬ男二人の顔を彼女は覚えたのだ

嬉しそうに青年の手を握り力強く振ってみたが、彼の手はすぐにするりと逃げてしまうだろう。
少女は気にせずにこにこと青年の言葉に耳を傾けていたが、やがて首を傾げて口を開く。

自分が目の前の青年にしでかしたことはすっかり棚にあげて、
少女は真っすぐに青年の瞳を見つめ、心外ですわと言わんばかりに正面から訴える。
青年が視線をそらし、その先に少女の仲間がいることに気づけば、不思議そうに首をかしげる。

どうもその手の冗談は慣れていないらしく、少女は視線を泳がせる。
続く彼の言葉にハッとした少女は、手拍子を一つ叩いて表情をかえた。

そう言って少女が立ち上がると、
ラァギットと少女が呼ぶ大柄の少年が持っていた荷物をひっくり返し、
綺麗にたたまれた男物の服を取り出して青年のもとに戻ってくる。

──飲み比べでもしないか。
その言葉を聞いてジャックも不敵な笑みを浮かべ、身を乗り出す。

わざとらしい口調でくつくつと笑いながら、
手に持ったグラスを喉を鳴らしながら一気にあおった。

ダァン！と拳を卓に叩きつけるようにして、空になったグラスを置く。
肴の乗った皿が少しばかりうるさく音を立てたが、ジャックは気にせずに
グラスに発泡酒を注ぎ入れる。

得意げな表情を浮かべ、早く飲めとばかりに
手に持った二杯目のグラスを揺らす。
肉を齧るその口元は、ブラックに負けず劣らず、挑戦的に弧を描いている。