チセはいろんなことを知っている。旅をする中で、アールはチセにずいぶんいろんなことを教えてもらった。外の世界のこと、一揆のこと、お金のこと、訪れた場所のこと、そこにまつわる話。
だからこの石は、それに対するお礼のつもりでもあった。果たして伝わっただろうか。
「この前露店？ってのを見つけてさ。そこにあったのをもらったんだ。無くさないようにって紐とかもくれて……あ、今度はチセと二人で顔出しにこいって言われたから、一緒に行こうぜ」
ぽつぽつと言葉をこぼしながら、石を握るチセの手を見つめる。小さく、柔らかそうな手。村の女の手でももっと大きくてごつごつとしていたのに、チセのはずいぶんと頼りない形をしていた。その後ろにある表情も。
「俺外のこと何も知らないし、頼りないかもしれないけどさ。でもやっぱ一人は寂しいもんな」
誰かと一緒に何かを見て、何かを言い合える存在がどれだけ大きいか。アールはチセとの旅を通して痛感していた。今更一人で赤い大地を目指すということは、できれば考えたくなかった。だからチセの言葉にそっと胸をなでおろした。それから赤い大地について訪ねたことを少しだけ後悔した。

「赤色谷……」
もちろん聞いたことのない地名だった。赤という単語が入っている限り、赤い大地に近しいものであることは十分考えられる。
「そこかどうかは、わからねえんだけど……」
追求されてあからさまに言葉を濁す。
話してしまおうか。そう考え額に手をあてがうも、ためらって布を解くまでには至らなかった。呪いなんて不吉なものにチセを巻き込みたくはなかった。赤い大地のことを聞いた時点で半ば関わらせてしまったようなものだ。これ以上は、一人でなんとかしようと、アールは力なく手を下ろした。
「ちょっと村でいろいろあってさ。そこに用があるんだ」
悟られないように笑ってみせると、アールは再び海へと視線を戻した。静かに波打つ水面とは逆に、アールの体の奥底では何か大きなものがぐるぐると円を描いて動き回り、渦を巻いているようだった。

チセの事を誇らしげに語るアールを微笑ましく見る。

叫び声を軽く受け流しながら、ジャックは意味ありげに小さく笑った。

一旦そこで言葉を区切り、ジャックは小さく肩を竦めて目を細め、
神妙な顔つきになったかと思ったが────また、笑みを浮かべた。

言葉では詫びつつも、表情も態度も相変わらず。
少年の頭を乱暴にぐしゃぐしゃと撫で回し、余裕綽々と言った顔で見下ろす。

「知らねぇのか目ぇ逸らしてんのかは知らねぇけどな」と声を漏らし、
最後に少年の額を軽く弾いた。

チセはぽかんとしている。

少女はソワソワしている。