※続きものですので、先にブラック(ENo.1596)の日記を読むことをお勧めします。
http://ikki.x0.com/r/k/k1596.html#DIARY




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── 次の瞬間、ジャックの左頬にガツンと強い衝撃が走った。






「──── ッ！？」



…殴られた、と把握するのに数秒を要した。



「お前……いま、本気で殴りやがったな？」
「黙れ」

抗議の声を短い一言で一蹴し、尚もブラックは拳を振り上げる。

（あ、やべぇ）

とジャックが思った時には、二撃目が再び頬を打った。
舌に鉄錆のような味が滲む。おそらく口内が切れたのだろう。
一瞬くらりと視界が揺れるが、尚もブラックは寝台の上に乗り上げると
そのまま更に三度、四度と、渾身の力でもって繰り返しジャックを殴りつける。


「よくも…！ よくも、そんなツラしてヘラヘラ笑ってられるな、この大馬鹿野郎！！」
「下手すりゃ死んでたんだ、お前は！！ 弾が動脈突き破ってたら今頃とっくに死んでんだ！！」
「止血もしないで走りやがって…！！」


普段滅多に声を荒げない相棒の怒気を孕んだ声と眼差しに、
ジャックは抵抗もせず、ただ見つめたまま、事の成り行きに身を任せる。
胸倉を掴んでぐいと引き寄せると、ブラックは低く言葉を紡いだ。

「いいか。その猿以下の脳働かせてよく聞けよ、ジャック」

薄青の目は底冷えがするように冷たく、それでいてギラギラと剣呑な光を放っている。
……それはただ怒っているというには少々異様ともいえるほどで、ジャックは僅かに眉根を寄せた。

「──お前に自分の生死を決める権利はない。
何故なら今のお前の命は俺が救ってやったものだからだ。
分かるか？このくたばり損ない野郎。お前は『俺が助けた【モノ】』なんだ。
この心臓だって、俺があの時生かしてやったから 今こうして動いてる…！」

指先が白くなるほどきつくジャックの胸に爪を立て、早口に捲し立てるブラックの表情は、
一応ジャックの顔を睨めつけてはいるのだが 何故かどことなく虚ろに見えた。
そして言っていることもどこか──どこが、とは言えないのだが、どこかしらがおかしい。
何か、言いようのない違和感がある。

「おい……落ち着けよ、ブラック」
「これが落ち着いていられるか！」

嗜める言葉を一蹴し、襟首を締め上げる。

「勝手に死ぬなんて許さない…お前が死んでいいのは、俺がそうしていいと言った時だけだ！
ジャック。お前がいないと俺は……自分の“　　”を、 “　　　　”ことが……──」

そうしてきつく握り締めた拳が、再三高く振り上げられ……



──しかしそれは、ジャックの負傷していない手によってぱしりと受け止められた。



「ハッ……なァに一人で盛り上がってんだっつーの」

血の滲む唾をぺっと脇に吐き出してにやりと笑い、手首を掴む手に力を込める。
……赤と青、二つの視線が中空で交わり合う。

「ンななよっちぃ拳じゃあ……効かねぇんだよ！！」




ゴッ……！




次の瞬間、鈍い音と共にジャックの頭突きがブラックの額に炸裂した。


「……──ッ！？」

目の前を白い閃光が走るほどの痛み。
予想外の衝撃を受けてぐらりと大きく傾く身体。
その一瞬の隙を逃さずにジャックは掴んでいた手首を引くと
そのままブラックの頭をぐいと自分の胸に押し付けた。

「もっぺん言うぜ？……落ち着け。らしくねぇぞ、相棒」

宥めるようにゆっくりとそう言ってやれば、腕の中の身体の震えが止まる。
ゆるゆると力が抜けるのを確認して、ジャックはふっと息を吐いた。

「あー、痛ってー。誰かサンが暴れるからよぉ、余計に傷が増えちまったろ。
死ぬなって言いながらケガ増やしてりゃ世話ねえな。バーカ」

くつくつと笑いを零しながらそんな軽口を叩いてみるが、反応は返ってこない。
仕方がないと苦笑交じりに溜息をもうひとつ吐くと、ジャックは幼い子をあやすように
ぽんぽんとブラックの背を叩いてやった。


──実のところ、ブラックが『こう』なるのは何も今回が初めてではない。
いつだって飄々として何にも動じないように見えるこの男は、
人には見せない一面──即ち、ひどく不安定なもうひとつの顔を持っていた。

（…んで、コイツがこんな風になる日は大概決まってンだよな……）

動かないブラックの身体を抱え直し、その頭に顎を乗せながら
ジャックはちら、と窓の外を見る。

（──…ああほら、やっぱりだ）

昼だというのに薄暗い空には灰色の雲が低く垂れ込めている。
そして間も無くいくつもの大粒の雫が薄いガラス戸を叩き始めた。


雨が、降り出したのだ。

（……そういや、『あの日』も雨が降ってたっけか…）

ぱたりぱたりと雨粒が外の景色を濡らして行くのを横目に見つつ、
ジャックは記憶を辿るように瞳を閉じる。





『あの日』── それは二人が出会った、三年前のとある晩のことである。






（次回に続く）

前方に、タツキが腰に手を当てて待ち伏せていた。

ジャックの片手を引っ張り、掌に数枚の金貨を握らせて返した。

用はそれだけです。と、少年は帰って行った。