ENo.96 トレニア＝フロイントリヒ

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　　例によって日記は三本仕立てです。

　ENo.3159 イリヤ・R・ヴァヴァーナ様
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　ENo.825 ラナンディア・フェルシュング様
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　　※上から順に読むとちょっとだけ得します。

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本編ゲスト：
　ENo.317 フィリーディス・Ｋ・ウェーハスハール

　自分が教会で受けてる評判について、一度おせっかいを受けた。
　言われて今更考える、教会から騎士団に身を移した自分は一体どう見えるのかと。

　見ようによっては信仰を捨てたように見えなくもない。
　それもあながち間違いではなかった。
　将来を望まれてただけあって、噴きだした噂話の類は……。
　うん、正直ちょっと面白い。

『いいのではないでしょうか。
　彼らには彼らの理由があります、その結果が私に対する誹謗中傷であろうと。
　それで彼らの気が済むなら、いくらでもどうぞ』

『博愛主義、なんて僕は信じていないんだけどね……
　トレニア、聖女にでもなるつもり？』

『この身はもとより傷を受けるためにある。
　上に向かって増えたところで、今更ですから』

　――　一つで十分痛いのに。
　二つも三つも変わらない。

『やることは全く変わらない。
　――私が代わりに傷を受ける、と。その加害者が守るべき被害者だったところで何か問題でも』

　報いを求めてはいなかった、ただ自分がそうでありたいと望んだだけ。
　誓いは自らに立てたから、その私が誓いを裏切らなければいい。
　最初から自己満足だ、どこもおかしくはない。

　被害者が加害者だなんてとっくに知っていた。
　――それは、かつての私の事だったのだから。

　以前交わした約束。
　フィリーディス君の鍛錬に付き合うため、私はオルゼ近郊で待ち合わせをしていた。
　時間よりやや早めに彼がついたのを見て、頷き一つ。
　挨拶も程々に、早速始める事を示す。

　――魔術空間から獲物を手にとる。
　私は竹刀を使うとして、向こうの武器については使いやすいものでいいと告げた。
　どっちかというとすぐ手元にあるものの方が好ましいが、魔法で長剣を呼ぶならそれでもいい。

　初回は魔術なしで打ち合った。
　本気の戦闘なら様子見などしない、だが今回は鍛錬、お互いの力量を正しく把握するのが目的だ。
　どの程度の動きなら反応出来るか、耐えられる力はどれくらいか。
　最初は緩やかな剣さばきから、徐々にペースを上げていった。
　殺すのではなく削りに行く、剣戟を受けるのがどれほど負荷になるのか、まずは体感してもらった。
　十分ほどで引き上げ、軽く息を整える。

「……Ja，次は本気で」
　魔術を使っても構わない。
　そのことを告げると相手が流石に戸惑う様子を見せた。

　そもそもフィリーディス君は魔術師、後衛である。
　弱点を補う……その考え方に異論はないのだが、だからといって自らが得意とする魔術をおろそかにしては本末転倒になってしまう。
　だから、魔術を使わせる。
　敵に向けるのは自らの最強であるべきで、剣術なんて万一の対処程度に嗜んでおけばいい。
　最初は戸惑うだろうが、その余裕はすぐに削りとるつもりでいた。
　早ければ早いほどいい、だから挑発を口にする。
「――そうしないと、攻撃を通せないくせに」

　初期距離は200m。
　ハンデですよ？　と笑んだらただでさえ好戦的な気配が更に剣呑な色を帯びた。
　遠すぎて視認すら怪しいが、詠唱時間を加えればそんなものだ。
　大体15秒くらいだろうかと見積もりを得て、剣を上げて合図を与える。
　――直後、加速する。

　発動する魔術は“加速”“回避”の二連唱。
　詠唱なんてまどろっこしい事はせず、直接魔力を礼装に流し込むことで発動。
　走りだす片手間に3つ目の魔術を構築して、発動した。

「《夜は安らぎを、光は守護の帳を》」

　二小節で発動する常動型の魔術障壁、これである程度は“無茶しても構わない”。
　魔術発動の余韻に浸る事なく、剣を構えた。
　飛来する風の魔術。
　風撃の特徴として視覚では軌道が読みにくい、聴覚での判断が可能だが、慣れが必要である上に――。

（――フェイント！）

　風の魔術は音を操るからフェイクを混ぜるのも容易だ。
　風の精霊自体がいたずら好きであるため、このような事は珍しくない。
　臆せず、ギリギリまで接近し、肌の感触を持って実体のある攻撃だけをくぐり抜ける。
　風圧を受けて体が傷んだが、障壁が守ってくれたから浅い傷で終わる。

　――本来ならば、迂回することでダメージなんて完全に抑えられる、でも私はそれをしない。
　模擬といってもこれは戦闘、ならば勝利を求める手順で突っ走る。
　密度の高い攻撃の嵐にいっそ笑みが漏れた。
　剣士を相手にするなら、強力な一発より高速な連打のほうが適している。
　対処に手を取られれば、接近されないからだ。
　――これから、それについて見落としがあることを教えようと思う。

「――チェック」
　竹刀を突きつけ、言葉と共に終了の合図とした。
　周囲で、風の魔法の残滓が吹きちぎられる。
　それらは私の障壁に当てられ、あっさりと霧散した。

「結論からいえば攻撃力について要改善です。
　……障壁があるのもですが、普通に正面から受けて問題のないレベルでした」
　何をしたかって……“攻撃を敢えて受け、そのまま間合いを詰めた”、それだけ。
　これが実戦ならば、後はフィリーディス君を突き倒して、それで終わりだ。
　防御力が高い自分だからこそ出来る芸当だ、とは付け加えておいた。
　とはいえ私と同じ防御力を持つ敵は他にだっている。
　その時に同じ事をされたら本当に詰んでしまう。
「……技の選択自体は問題ありません、甘いとしたら精度の方だ。
　手札を増やすことについては反対しませんが――まぁ、その辺は追々」
　叩きこんでおくべき事は山ほどある。
　それは相手のタイプを読んだ上での素早い戦術の切り替えだったり。
　それらを見分けるための知識と経験だったり。
　一切の楽観を捨てた、隙のない装備の選択だったりだ。
　浮かんだ内容は多いが、その前に一度自分を止めた。
　それらを教えるために、聞いておくべきことがあったから。
「――強くなりたいですか」

　とりあえず3Rほど戦った。
　自分が持つ手段がどういう結果を生むのか、どういう対処をされるのか、それらをひと通り試させるため。
　地霊、光霊、なんでもいい。
　使える手段は全て使うべきだし、不慣れとかそういう言い訳は投げ捨てるべきだ。
　自分のほうも大抵は反応できるが、やはり実際に戦って体に覚えさせたほうがいい、だからこの試みは私にとっても都合が良かった。

　3R戦って、一旦中断。
　当のフィリーディス君といえば、開いた口がふさがらないという顔をしている。
「どうかしましたか。……これが実戦なら貴方は三回ほど死んでいる訳ですが」
「……っ！　どうかしましたか、ではないでしょう……！　これが実戦なら、貴女は三回ほど大怪我をしていますよ！」
　二回ですけどね、と内心で付け加える。
　1Rで遠慮とか油断とか、そういうものを捨てられたのは喜ばしい。
「かすり傷の一つや二つで大げさな」
　ええ、攻撃力不足なんて根本的な問題なのだから、私はその全てに置いて“同じ対処”をした。
　攻撃に構わず、そのまま突っ走る。
　……うん、大人気ないことだけは反省しているが。
　とは言え、やり過ぎは事実なので適当な理由をつけて納得させる必要があった。
　フィリーディス君に適した物言いはなんだろうかと考え。
「そもそも。避ける気が起こらないくらいに攻撃力が貧弱な人が悪いと思うんですけど……？」
　思いっきり居丈高に見下して、ゆっくり言葉を言い聞かせてあげると、予想通りに相手の気配が引きつった。
　トドメとばかりに、これ見よがしにヒールで傷を癒して見せる。
　多少服は汚れたままだが、見た目に関しては全く問題なくなった。
「……ね？」
「貴女、まさか日ごろも……」
「まさか。――私、騎士としてとても優秀なんです」
　信じてないかつ複雑な顔だった、まぁ私と彼の認識なんて異なって当然……っていうか内訳は絶対違うと思うけど。
「……そんな戦い方では、貴女の体が傷つく。無茶な戦い方は……控えてくれませんか」
　考えを巡らせた。
　年下の頼みにはめっぽう弱いのだが、この件に関しては話が違う。
　とはいえ、あっさり突っぱねる無情も持てそうにない、だから。

「――私が受け切れないと判断するほどの攻撃力を、貴方が持てばいいじゃないですか」

　にっこりと、そしてさくっとムチャぶりした。
　自分で言うのもなんだが、体力にも防御力にも自信はある。
　加えて私はまだ本気を出していない、多少の努力で追い越せる差ではなかった。

「その時は――ええ、ついでにフィリーディス君のお願いを一つ聞いてあげましょう」

　そして彼は。

「――わかりました。その条件、受けましょう」

　……あれー？
　本気で出来ると思ってるのだろうか、この子は。
　試そうとする気概自体は好ましい、好ましいのでもちろん何か言ったりはしないが流石に驚いた。
　仕方ないので、追加で笑みを浮かべる。

「尚、私は無茶してるつもりなんてこれっぽっちもないのであしからず」

　勿論彼は険しい顔をした。
　……やっぱり、と言いたいところだが……うん、困ったことになりましたね。