ENo.96 トレニア＝フロイントリヒ

　ピアノちゃんを捕獲した。

「いきなりなんなんですのー！？」
「ご心配なく、今日は特に裏はありませんので」
「普段があるような物言いですのよー！？」
「ありますが何か」

　とりあえず他にも人がいたため、少しからかった後に改めて会釈した。

「ピアノのお友達ですか？」
「……。Ja，そうであれば幸いかと」

　会釈後、こちらの素性を訪ねてきた少女にそう返事をした。

　友人関係なんて一方的な認識で成立するものではない。
　だから、質問には明確に答えなかった。
　私からは踏み込まない、そして踏み込まれないならそれでもいいと思っているからの、この言い回し。
　にっこり笑う後ろで、ピアノちゃんが微妙な顔をしていた。
　内心で苦笑する。
　……ピアノちゃん？　私貴女の心の中まではわからないから、その顔がどっちの意味で嫌なのかまではわからないんですよ？

　ピアノちゃんの同行者、雪色の髪を二つにたなびかせた少女は雛姫と名乗った。
　二人は同級生……らしい、話を聞くに例の学校だろうか。

「ええと……今日はどうかしまして？」
「Ja，ちょっとお菓子の味見を手伝って頂ければと」

　暫く沈黙して、二人がそれぞれ違う反応を見せた。

「トレニア……まさか貴女」
「違います」
「チョコレートですねっ」
「それも違います」

　なし崩し的に、同行者が二名に増えた。
　初対面の人間についていく緊張か、或いは飛び入りへの遠慮か、少女はどこかかしこまっているが、気にしなくていいのだと言葉を添えた。材料には余裕を見ているから、と。
　三人で私が個人的に取った宿へと向かう。個人主義が強いPTである事の幸いか、必要な戦闘と進行を除けば、普段は割と単独行動をさせてもらってる方だ。
　仲が悪い訳ではないんですよ、と一応彼女たちに注釈する。
　……深入りを避けさせてもらっているだけで。

「どうぞ」
　部屋について、差し出したのは花びらをかたどった琥珀色の飴細工。
　色は綺麗に出ていると思うが、問題は味の方。
　この飴、表面部分はそうでもないのだが、融けると途端に甘さが溢れ出す特性を持っている。
　それを教えなかったから、途中で「甘！？」って言い出す二人に少し笑みを漏らした。
　二人の反応を伺って、少なくとも逸脱した味にはなっていない事に、内心安堵を得る。
　細かい調整を施したものが幾つかあるので、それぞれ小さい欠片を試してもらった。

　途中、自分で試すのはダメなのかと、不思議そうに言われた。
　……ええ、ダメなので呼んだのです。
　余り知られたくない内容だが、説明は避けられないだろう。
　私は味覚に関して極端に関心がない、栄養価さえ満たしていればどんな不味いものでも気にしないと。
　だから、味に関して感想を抱く事が出来ない。
　壊れている訳ではなく、単に疎すぎてどうしようもないだけだが。

「あれ？　でも今回は気にしたんですよね？　じゃあやっぱり……」
「人に渡すものではあります」
　その時に二回も同情の視線を向けられたくないので、とは流石に言えなかった。

　雛姫ちゃんは、その当のラナさんのPMらしい。
　誤解して大はしゃぎする二人に訂正を入れると、じゃあなんで贈るのかと当然のような質問が飛んできた。

　理由は――なんだったか。
　…………。
　ああ、確か、髪飾りをもらったから。
　なんですぐに思い至らなかったか考えて、フェスト後に“入れ替え”を行った影響だと気づいた。
　人と近づきすぎる事は、私の優先順位を揺るがせる。
　だから、祭りの後に乱れかけた心を調整しなおしていた。
　戦いを上に、それ以外を下に。
　ラナさんとの記憶まで押し込めるつもりはなかったが、不可抗力なのだろう、微調整なんて効かないのだから。

　あらゆる記憶がそうなってしまう事を改めて思い知る。
　不可抗力――だとはわかっていても、今だけ感じる寂しさは止められそうになかった。
　とは言え、思い出した所で、女の子たちにそれを教えるつもりはない。
　黙秘は黙秘で問題だが、少なくとも正直に言うより悪くなる事はないだろう。

　ついでに、形にした完成品も見せてみた。
　琥珀色の花びらは、花の形に重ね合わせる事で、蜂蜜にも似た色合いを持つ事になる。
　掌に収まる程度のサイズで、形もシンプル。簡単に作ることが出来るのかと尋ねられたら、熱ささえ我慢出来るなら割と、と答えておいた。

　……となれば二人が試したがるのは必然だろうか。
　材料は余裕を見て用意していたのだから。

　何故花の飴細工なのか、と聞かれたら、故郷の習慣がそれなのだと返事をした。
　花を贈るのが？　と聞かれて頷く。
　告白の意味なのか、という質問には答えず、今回は私の都合がいいようにルールを摘んでいるのだと注釈しなおした。
　なんせ、故郷のルールを本気で守ったら、何もしない以外に選択はない、それでは面白みがないのだから。
　ガン無視するのも気が引けたので、最低限の形を残した結果が「義理は禁止」「贈るのは花」の二つだった。
　これが本気の意味かどうかは問わないで欲しい、というか。

「本気だったら、チョコでも飴でもなく生花を使っています」
　そのつもりはないと主張するために、今回は飴で作ろうと思った。
　……何故、よりによって飴なのか。
　花をかたどるにしても、正直チョコを溶かして型に流し込んだほうが圧倒的に楽である事は違いない。
　が、どうもそういう楽をする気にはなれなかった。

　――市販のだと、愛が感じられない――

　別に、そんな言葉にほだされた訳ではないが。
　はたして、あの人はチョコに愛を込めているのか、そこから突っ込みたい気分だった。

「……トレニア、悪い顔をしていましてよ」
「Ja，申し訳ありません。嘘偽りなく嗜虐心がそそられてたもので」
　柔らかく笑みを含ませれば、気圧されたピアノちゃんが引きつった顔で一歩後退した。
　……何驚いてるんですか、勿論冗談だというのに。

　作業用の手袋を渡して、温度に注意するよう言い含めながら作業を手伝った。
　高温に怯え、手を伸ばしたり引っ込めたりする二人の間で気を配りながら、少しずつやるように世話を焼く。
　二人の年は同じくらいに見える、敢えて言うなら雛姫の方が雰囲気上少し幼いか。
　どっちが危なっかしいのかと言われると正直悩むのだが、結論を言うと両方だろう。
　傍らには冷水を用意している、やけどした時はこれに手を突っ込んでもらえればいい。
　練った飴を切り取り、引き伸ばして、花びらの形に整えたら、巻いて花の形にするのだと途中まで簡単に作って見せる。

「ええと、トレニア……」
「？　何か」
　言い忘れた手順はあっただろうか。
「こ、恋の魔法はかけなくていいんですの？」

「…………」
「…………」
　雛姫ちゃんと二人して黙りこむ、……ピアノちゃん実は熱でもあるんでしょうか。
「恋の魔法ってピアノ……！　それって反則技じゃありません？！」
「え、えええ？」
「でもどうかけるつもり……！？」
　はしゃいだ乙女たちが追いかけっこを始めた。
　二人の学校にはそんな教科があるのかと一瞬考えたが、多分ないのだろう。
　実演しろと迫る雛姫ちゃんに、ピアノちゃんが出来るはずがないとばかりに逃げ回っている。
　それもそうだろう、乙女心満載でおまじないする所なんて普通見られたら死ぬ。
　リボンをたっぷりあしらった衣装のピアノちゃんが、ハートマークを飛ばしまくっている所まで想像して……うん。
「ピアノちゃん。……魔法をかけたい相手でも」
「ええ！？　普通、かけるものじゃ……？」
　ピアノちゃんがうかつな事を口走って、雛姫ちゃんが更に喜んだ。
　相手云々以前に必要手順だと思っていたらしい。
「いつ、どこで、今までも！？」
　……至極もっともなツッコミである。
　それにしても誰ですかピアノちゃんにそんな事を吹き込んだのは、とりあえず私の記憶だとつい最近似たような乙女ちっくな発言をした方がいるのですが。
　暫く眺めてピアノちゃんの自白を待つのも面白そうだが、事態は収拾しておく必要がある。
「……Ja，花びらを巻く時にでも一緒にどうぞ。ええ、きっと喜びますよ」
　……本当にかけられるかどうかは知りませんが。

　二人が作業に没頭する間、こちらも自分の仕上げにかかっていた。
　最終調整にも味見は不可欠なのだが。

「あ、こっちは美味しいですわね……」
「では、後でピアノちゃんにはそちらをお渡ししましょう」
「Σえ、いいんですの？！」
「友人に分けるのに上も下もありませんが」
　強いて言うなら味見してくれた分の義理がある。
　義理は禁止だが、お礼と女の子はノーカンって事でなんとか、元々正式な形をとってはいないのだし。

　誤解だか何かで大騒ぎする二人を傍目に、言葉を継ぐ。
「それに、元からピアノちゃんには渡すつもりでしたから」
　何故、って聞かれた。
　多分、私はそれに対してまともに応えるつもりはない。
「甘いものは心を楽にするんですよ？」
「……というと？」
「いいえ、そうであったらいいな、とだけ」
　片目を瞑り、いたずらっぽく笑ってはぐらかした。
　所詮勝手なお節介だ。
　私が気にしすぎかもしれないし、そうでないかもしれない。
　でも、どうあれ、甘いもので幸せになってくれれば、それで構わなかった――。