ENo.3159 イリヤ・R・ヴァヴァーナ

＊今回の日記はEno58夢猫ぴあのさん、Eno96トレニア・フロイントリヒさん両PL様のご協力とご厚意でできています。各パートへはリンク先にて！
　また、Eno3177型式SBS_00さん、Eno3183型式LDM_01さんの行動はこちらで補足させていただきました。
　PL様、ありがとうございます！＊

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　闇よりも深く、暗い、黒──

　衣服でなく、印象という意味で、この人が──兄、カーヤがその色を纏い始めたのは何時からだろう。
　かつての世界と別離したあの日に比べ、さらに死人のような白い肌が、纏う黒をいっそう深くさせる。生ける屍のような、光を宿さぬ黒い双眸が、こちらを一瞥し満足げに呟いた。
「──具合は良いようだな、イリヤ」
「…何の、ですか…」
　答えは返らず、く、と兄の──カーヤの喉が鳴る。
「わからないならそれでいい。そのままで。…時にイリヤ。型式LDMと型式SBSはちゃんと動いているか？」
　告げられる言葉に、腹の底から不快感がこみ上げ、思考が瞬時に熱を持つ。
「…自由にしてくれる筈では無かったのですか…！」
　痛み、軋む左腕を抑えながら、獣のように叫んだ。
「この腕を差し出せと！　代わりに自由にすると、あの時、貴方と約束したはずだ！　なのになんで、」
「…状況が変わったのだ」
　不出来な弟を見る兄の目は冷たく、
「あの時はわがままをきいてやったがな。私の計画に支障が生まれた今、イリヤ、おまえを素体にしなければ間に合わん。あの時は…そうだな、油断し、つい逃がしてしまった。
　──その気になれば、型式LDMを使えばおまえを追えたからな。
　術師としては未熟よと思っていたが、界渡りの術で逃げるとは思わなかった。まあ、此処に来ることでお前自身の魔力も活性化しているようだから結果は上々だが」
　改めてイリヤというモノの全身を眺め、
「帰ろうイリヤ。あれらも連れて。──良い素体になりそうだ。死なせるには惜しい」
　檻のなかのモルモットを見るような目で、甘く優しく、囁いた。
「──っざけんな！」
　喉を震わせ、感情をむきだしにして叫ぶ。
「何が素体だ！　…僕は帰らないし、あんたにカルサもセレスタも渡さない！　国のため王のためと言いながら、あんたがやってるのは自己満足の冒涜だ！」
「それが私という錬金術師だよイリヤ」
　そうだ、
「かつてお前は言っていたな？　私のようになりたいと。錬金術師になりたいと」
　だからといって、
「私は用意した。私と同じ道をお前の為に。お前は喜び、歩み、そして」
「──それが教官を殺し、あの人の魂を辱めていい理由になるわけがあるかッ！」
「なるとも」
　にい、と笑う。──そんな兄を見るのはいつ以来だ。
　──この人が、こんな風に、命を弄ぶようになったのはいつからだ。
「お前は、現にそうしたではないか」
　強く握りしめた、イリヤの右の手のひらから血が滴る。
「型式LDMから聞いていた。学院時代、お前が懐いた教官が居たと。その彼が戦地で負け、生死の境を彷徨っていたから──ああこれは良い、と思ったものだよ」
　蘇る。あの時の記憶は、封じることもできず、ただ悔恨で燻り続けて。
　棺の中、眠るように目を閉じていた彼は、ゆっくりとその身体を変質させられていた。
「私が初めて作ったホムンクルスは、愛しい彼女の肉片から生まれた。
　…そう、素体がヒトのかたちをしているならば、私が初めて作ったときよりも、イリヤはずっと巧く作れるだろうと信じていたよ？
　──おまえは素晴らしいホムンクルス、型式SBSを作り上げた。そこだけは手放しで賞賛しよう」
「だけど…、」
「ずっと共に居られる幸せを得て何が不満なのだねイリヤ」
「話をすげ替えるな！　ツクリモノをホンモノとして愛でる貴様と一緒にするな……！」
「イリヤ」
　死人の目にゆらめく光。情ではなく、それは、
「──右腕を、今ここで貰い受けても構わないのだね？」
　左腕にばかり感じていた痛みが、右にも在ると──
「────…」
　不意に、木々の間を縫って放たれる光の刃。
「…！」
「っ…え」
　躊躇する間にも飛来する、遠慮と容赦の無い光刃。光にばかり目を奪われて、ようやく慣れたころに、見知った知人の姿を確認する。
「トレニアさん…？」
「──ja.」
　答えは短く。修道女であるトレニア・フロイントリヒは鋭く深く、光刃とともにカーヤの間合いへと踏み込んでゆく。

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【side:型式SBS_00、型式LDM_01】

　セルフォリーフという世界に流れ着き、スティルフで情報収集のため滞在していた折。
　以前から主人が自分たちと距離を置きたがっていたのは解っていたが、護衛を兼ねた自分たちに置手紙のみを残して出かけた時には、怒るよりも先に肝が冷えた。

　──見え隠れしていた僅かな違和感が、そっくり主人をのっとってしまったような気がして──

　幸い、露店から逃げ出した林檎怪人を抑えている所で合流はできたが、主人──イリヤは、半ば逃げるように東へ東へと突き進み──通行止めを食らって、当初の街スティルフへと引き返した。
　落ち着いたところで、改めてこの世界を歩くと身体がざわつく。
　ホムンクルスの駆動核──『魂』と呼ぶに相応しいモノ、わかりやすく喩えれば『賢者の石』が、満ち溢れるマナに喜び、つられて活性化しているのだ。
　力が満ち溢れるのはいい。マナの循環がやり易いのは、マスターの負担を減らせるからもっといい。

　だが、自分がこうならば──あいつは、どうだ。

　以前から様子を見ていたが、不意に垣間見える『彼』の残滓が気にかかる。内部でどう感情が動いているのか、読めないタイプだからこそ手がかりが欲しい。
　主人が先に達成してしまった依頼をこなすため、と口実をつけて連れ出してはみたが──後継機たる型式SBS_00に、特に変化は見られない。
　否、わずかに伝わる苛立ちともとれるピリピリした空気。……警戒している故、見せないのか。
「…なあ、後輩くん」
　わざとらしくない程度の明るい声で。
「なんでしょうか先輩」
　鬱蒼とした森を進み、空気が重くなりすぎる前に、せめて。
「今頃マスター、イイコでお留守番しよるやろか」
　後輩は、例えば呆れて小さく息をつくとか、半目で睨み返すといった、人のような素振りは殆ど見せない。
「心配ならば交代で依頼をこなせば良かったでしょうに」
　だから、こういった言葉の端々に滲む感情を探す他、手段は無い。
「いやいや、それやと時間掛かるしぃ」
　型式SBS_00。
　母国の、ある学院で戦術教官をしていた男が素体となったホムンクルス。
　自分のように素体が複製されることはなく、ただこの一体のみが『彼』を継いだ。魂の複製による劣化を恐れたのか、成功した際に複製の素体を造るつもりだったのかは知る由も無い。
　『彼』は特別だ。
　学院に通うイリヤを迎えにいった際、幾度か見かけたことがある。
　──自分と、カーヤ以外で、イリヤが懐いた唯一の人物と。彼の恩師と記憶している。イリヤが学院を卒業した後に交流は無く──王宮に召し抱えられ世間と隔絶された錬金術師と、戦乱へ身を投じた軍人では再会が叶うわけがない。
　別離して得た空白の後悔、素体へ変わり果てた『彼』を造り替える葛藤、完成した『彼』とかつての『彼』を重ねては、幾度も独り思い悩むイリヤを自分はずっと見てきた。
　だから、確認せねばならない。
「…ところでさぁ後輩くん」

　おどけた口調は崩さぬまま、ほんの少しだけ声質を落として。緋色の双眸が交差する。

「──ホントのところ聞きたいねんけど。生前の記憶、戻っとるんとちゃうの」

「──…」

　ひどく。
　ひどく冷めた緋色の目が、こちらを射抜いた。

「──何を言ってるんですか、先輩」

「そうかぁ。ならええんや、うん。安心したわァ」

　パズルのピースが嵌ったような確信。
　愛用のメイスを握り締め、カルサは半歩、

「…なあ後輩クン。ちょォ〜っと相談したいことがあるんやけど。
　──一緒に、マスター連れて、カーヤ様んとこ帰ろうや」

　『彼』の間合いへ、踏み込んだ。