智より武を重んじる薙疾にはあまり似つかわしくない建物だが、彼女はとある調べ物のためにここへ来ていた。
目的は1つ。


クリスタル・カレランの体に起きている異変について


彼女のここ最近の不調が、薙疾の知識にはないモノであることだけは理解できる。
本人は「心がスッキリして来た」などと言っていたが、調子は相変わらず。
急に表情が消えたり、意識を手放していることがあり、とても快方に向かっているとは思えない。

しかし、解らないと言うことが判っても何も進展はない。
どこがどう悪いのか、何をすればいいのか、に繋がらない。


自分にはない知識を持っていて、最近のクリスの様子を知っていて知識も持っていそうな人物に聞くことも考えたが……
真っ先に思い当たるのはアルヴィン。

だが、彼に解決できる事態だとするならクリスが自分から相談しているだろう。
つまり相談の意味が無い、もしくは相談したくない事柄──

そう思いながら、縋る気持ちで色んな書物に手を伸ばしていく。


魔術書
　
　　体内活性や精神など、人体に関するもの──


手にとったはいいが、専門用語が多すぎて薙疾には理解が追いつかなかった。
魔法にある程度の理解があるチカゲ・チトセにも聞いてみたが、
そもそも精神系のエンブリオである彼らには書物から知識を得るという概念が難しいようだ。

辞書などを組み合わせて読もうとしたものの、20分で断念。


医学書
　
　　特にネクターに関連する病理の書──


クリスの不調がメルンテーゼに来てからだと言うのならば、
原因もメルンテーゼにのみ存在するモノの可能性を考え、ネクターが関連する病気を中心に調べてみる。

エンブリオに受けた傷が元でネクターによる契約が誤認発動する、狂犬病のような病。
ネクターの過剰摂取による中毒症状と、その症例。
逆に、エンブリオとの契約を深めすぎてネクターが足りなくなり、心神喪失に近い症状を起こす病……

哲学書
　
　　自己認識だの何だのタイトルに書かれていたので──


適当に開いて3行読んで棚に戻した。



歴史書

　　過去の旅人が、似た症状にかかってはいないか──


クリスはメルンテーゼ出身ではないようだが、同じ世界から来た人が同じ病にかかっていたりしないだろうか？
と思い当たったところで、薙疾はクリスの"元の世界"の名前を知らない事を思い出す。

ならば手当たり次第、と過去に似たような「異世界からの旅人の大量流入」の事例を探したのだが……

軽く見た感じでは、メルンテーゼの歴史を綴った本が一冊も見当たらない。
司書にも聞いてみたが、取り扱っていないの一点張り。

この世界ではここが唯一の王国で、ここはその王立図書館だというのに。
そんな場所に、歴史を記した書物が存在しない？

事典

　　背表紙には"分割世界事典"とある。「来た人」の記録がないなら、「来れる人」の記録を──

そう考えて手に取ったが、余りにも頁数が多すぎる。
しかし、パラパラと捲っただけでも「律法」「アザトース」など、どこかで聞いた覚えのある単語が目に入る。

結局、3時間をかけて借りた書物は医学書と、事典の二冊だけ。
彼女が手にとった書物は、新しい道を拓くのかそれとも袋小路を認識するだけか──

唐突によくわからない何かが薙疾の中で始まったらしい。

チハヤの話を聞き終えたクリスは、
おだやかで幸せそうな笑顔を浮かべていた。

その場ではじけて消えてしまいそうな、小さな小さな声。

それから、クリスは自らの意志を示さなくなった。
言葉、目線、仕草。そういったものによる意思表示をしなくなったのだ。
表情から読み取れる感情はむしろ前よりも豊かになったものの、
その「先」が失われているようにチハヤには感じられた。

それでも、チハヤはクリスに言葉を投げかけて。
クリスは、チハヤに笑いかけることを忘れず——

クリスの動きが止まり、瞳から光が消える。
クリスの周りの時間だけが静止したように。

頭上からの声。
ゆっくりと、目の前に白衣の少女が降り立った。

ジーンの瞳が混濁していく。

ジーンから放たれた緑の輝きが地面を壊し、土砂をあちこちに巻き上げる。

紫の輝きがさらに深く潜り、穴から水流を呼び起こす。

青の輝きがそれを凍結させ、鋭利な氷塊を生み出す。

赤の輝きは土を触媒に、轟々と炎を焚き上げた。

橙の輝きが大気を揺らし、音の脈動を練り上げる。

黒の輝きが瘴気とともに、周辺を醜く暗く照らす。

そして——金色の輝きが天を仰ぎ、眩い光弾を創り上げる。

いずれも、クリスがこれまでに使ってきた能力だった。

魔力の奔流、そのすべてが、チハヤ目掛けて放たれる。

チハヤが誤解していることには気づきながらも、そのままにすることを選んだようだ。

チハヤとは違ってグレンダはルリアンナのことをどうこう思ってはいないようだ。

実際に活動している友人のことを思いだす。
彼女らは今もそのために動き続けているのだ。

周りを気にしているのか明言は避けているが、王を打倒した後のメルンテーゼについて考えている人物のことを聞いているようだ。

エンブリオが粉が操っているというのもアレだが、なんの理由もなく動くよりはまともな気がしてくる

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