「いやー本当におめでたいね！　目が飛び出るほどお目出度い！
　二重の意味でおめでたいとか思った人いる？
　ごめんねーまだ子供はできてないんですよ！？
　爺さん婆さんは孫の顔を見れるまでもう少し……
　っと、もう2人とも亡くなってたね！　あーそうかい失敬大後悔！！」

　絵に描いたように青い空の下。
　教会の扉を両手で勢いよく開け放ち、新婦と腕を強引に絡め、
　早口でまくしたてながらヴァージンロードを闊歩する新郎。
　
　あまりに大胆な登場に、それまでハンカチで目尻を拭っていた
　親族たちの顔が凍りつく。新郎である男は彼らに向かってウインクを連発。
　新婦である女はあきれ果て、引っ張られるように男についていく。










　男はどこまでも饒舌で。
　女はいつまでも無口だった。





　おおよそ気が合うとは思えないこの2人が結婚すると言い出したときは、
　2人の身内や知人にとどまらず、ひいてはそれまで関わり合いのなかった者たちまで
　巻きこんだちょっとした騒動になったほどだ。
　
　出自も、世代も、価値観も、性格も、趣味も。
　すべてが正反対、ですらない。完全に交わらない位置にある。
　似ている点といえば名前だけだ。

　保険金でも目当てにしてるのか？
　2人だけの密約でも交わしたのか？
　セックスの相性が最高だったのか？
　そもそも偽装結婚なのではないか？

　周囲から猜疑の目にどれだけ晒されようとも、
　男は女への愛を陽気に語り、女は男に陰気に寄りそうだけだった。










　2人のために用意された舞台の上。神父の前で男と女が向き合う。
　ぴょこぴょことせわしなく動きまわる男の扱いに困りながらも、
　神父が女へ誓いの言葉をにこやかに述べた。

「健やかなるときも、病めるときも。
　喜びのときも、悲しみのときも。
　富めるときも、貧しいときも。
　これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け。
　その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか？」

　教会の扉から出てきてからずっと、頑として押し黙っていた女が、はじめて顔を上げる。

「誓います」

　静かだが、確固たる意志のこもった声だった。

「では——」

「ハァイ！！！！」

　男が神父のマイクを奪い取る。
　耳をつんざくハウリングに、会場の面々がいっせいに顔をしかめた。

「ただ用意されただけの誓いの台詞を確認するだけ？
　ダメダメ、ダーメダメダメ！！　ダメなんですよ本当にもう！！
　こういうのはオリジナルじゃないとどーしようもなくてですね！
　だからお前ら耳かっぽじってよぉく聞けよ？
　俺は同じことを3度までしか繰り返さないんだからねっ！！　ふんだ！！」

　男は高らかと演説しながら舞台を好き放題に駆けまわる。
　最後は神父に堂々と背を向け、女を真正面に捉える形で立ち止まった。
　女は男の熱視線に冷めた目を返し続ける。

「——はい、ここからラストスパートに入りまぁす！！
　私、アルヴィンはぁ！！
　妻のアルヴィナにぃ！！！
　情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さを持って……ん？」



　誓いが佳境にさしかかったところで、アルヴィンはかすかな予兆に気づく。

　それまで冷めているだけだったアルヴィナの目が、凍りついていた。
　瞳に映っているのは自分ではなく、瞳が映しているのは恐怖。
　今のアルヴィンにとってアルヴィナの背景でしかなかった招待客たちの顔も、
　同じお面が貼りついたように歪みきっている。

　生暖かいぬめりが、勢いよくアルヴィンの背中をぬらす。
　飛散したソレはアルヴィナの頬にまで届き、センスの感じられないチークとなった。



　アルヴィンに迷いはなかった。
　全力で踏み切り、アルヴィナを正面から抱きしめ、そのまま舞台から飛び降りたのだ。

　極限まで圧縮された時間感覚により、
　異常な焦りと不思議な冷静さの狭間に閉じこめられたアルヴィンは、
　目の前のアルヴィナの涙をぬぐえないことにもどかしさを感じつつも、
　絶叫に次ぐ絶叫をバックコーラスに、自分が下になるように空中で身体を反転させる。

　胸から上を乱雑に「食われた」、神父だったものが視界の端に入り込む。
　アルヴィナを抱きしめる腕に力が入りすぎてしまう。
　細い身体を折ってしまいそうなほどに。

　背中と頭を地面に強く打ちつけたアルヴィンだが、痛みはとうに麻痺していた。

「FOOOOOOOOOOO！　持つべきものは反射神経！！
　子供のころにクラブチームに入ってた経験が生きたみたいな！？」

　こんな状況でも軽口を欠かさず、
　アルヴィナの手を硬く握り、ひたすらヴァージンロードを逆走する。

　パニックとなった式場にこだまする阿鼻叫喚の渦は、
　2人が必死に走れば走るほど小さくなっていく。
　教会の扉を先ほどのように全力で開き、
　中からかんぬきをしたころには、悲鳴の数はあきらかに減っていた。

　走る。ただ走る。
　入り口に鎮座する聖母像は2人を無慈悲に見守るのみ。



　背後の扉が、轟音とともに吹き飛んだ。


　人喰いが2人へ悠然と闊歩する。

　ソレは、たしかに人間の男の形をしていた。
　あれだけの惨劇を引き起こしていながら、返り血は一滴も浴びていない。
　口元にしたたる鮮血さえなければ、招待客だと言っても通じそうなほど小奇麗な格好。

　だが、どれだけ人の姿を模していようと——


　
　——ソレはあきらかに怪物だった。



「あのなぁ」

　膝から崩れ落ち顔を覆うアルヴィナの前に、アルヴィンが立ちはだかる。

「この式の主役は俺様とアルヴィナなんだよ！！
　お前、何いきなり出てきて乗っとってんの！？
　後から来ましたって主人公気取りか！！！！　あァ！？」

　恐怖に押しつぶされまいと必死に声を張り上げる。
　アルヴィンは、もはや自分が何を言っているのかもよく聞き取れていなかった。

　無表情のまま迫りくる怪物の背後。
　壁ごと破壊された扉の向こうには、
　白いヴァージンロードではなく、レッドカーペットが一面に広がっている。
　むせ返るような異臭と、完全なる静寂が、
　この怪物が発端から現在までの暇で何をしたのかを雄弁と物語っていた。
　
　雄叫びを上げながら怪物へと突っこんだアルヴィン。
　アルヴィナの目には、彼の最期のひとコマひとコマがはっきりと焼きついた。



　アルヴィンの拳が怪物の顔に届く。
　怪物の顔のあった場所に赤黒い闇が広がる。
　勢いのままに闇の中へと突っ込み。
　闇が閉じられることで、両足首を残してアルヴィンが消える。
　あとには、まるで何も起きなかったかのように、
　口からアルヴィンの血肉を滴らせた怪物が立っていた。



　一瞬で、丸呑みにされたのだ。



　怪物がアルヴィナの元へと歩みはじめた。じつに速やかな動きだ。

「神様」

　聖母像にすがる。

「どうか、恨みを」



　像は、何も答えなか