アレキサンダー・イブリスはやはりガルディオ・サタナエルだった。

彼が一体何の目的で水神教に接近したのかはわからない。
そして、タリスベル教会に潜入し現イブリス教会を買い取って孤児院を設立した理由も。

だが、彼がリヴァランの師だったいうのは・・・これは想像の範疇だったかもしれない。
リヴァランも、イブリスホームそのものも、ボクにとっては最初から敵だったのだ。

問題は標的であるエリス・セーレ＝サタナエルの居場所だが。

カラバから貰った地図を広げる。

『移動の軌線は軍事行動を取るかのように各地を転々とし、週に一度必ず定点に帰ってくる。』

ボクはこの軌道を何度も見直して考えたが一つだけ考慮に入れてなかったことがある。
各地を軍事行動で転々としながら、週に一度だけネグラに帰る者たち。
・・・いるにはいるのだ。

ボクは定規とコンパスを取り出し、軌線を綺麗に平行移動させネグラの位置をアレキサンダー・イブリスホームに合わせる。

なんでこんな簡単なことに気付かなかったのか。
曲線の形をこんなに睨んでいたのに、自分たちの移動曲線なんて改めて整理しなければなかなか思いつかないもんだな。



ボクはノートを取り出し、これまでわかったことを簡単に箇条書きにする。


・認識阻害術領域の移動の軌線は自分達のそれと一致していた。(DAY20)new!!

・マリアは九年前にイブリスホームに流れ着いて、故ゲオルグ神父に迎え入れてもらいシスターとなった。
　←この時マリアが連れていた赤子がノエミであり、流れ着いてくる途中で戦火で焼け残った跡から拾ってきたらしい。(DAY17_sideB)

・孤児院創設者、アレキサンダー・イブリスはエリスの父、ガルディオ・サタナエル。リヴァランの師であった。(DAY19)
　←一緒に亡命していたとされる娘であるエリスも当時ここにいたはず。テルルの証言も合わせて恐らくこれは確定。(DAY12_sideB)
　リヴァランとエリスは恐らく顔見知りだろう。

・ノエミは九年前にエリスに滅ぼされたマハンの里の生き残り。(DAY17_sideB)
　←マハンの里の座標は長い間不明とされていて、現政派が特定したばかりだった。(DAY13)



リヴァランは『お前が刺客なのかと思った。』と言った。彼はエリスを守ろうとしている。
認識阻害術の術者はエリスではなくリヴァランの可能性もある。

だが、彼がエリスを守るために術を施したのなら領域対象を自分にするだろうか。
どこまでコントロールできる代物かわからないけど、ボクだったら守りたい対象を中心に術を施す。


そうだ、妖気はどうだ？

ボクがここに住んでからもう何か月も経つが、八公爵レベルの莫大な妖気など一度も感じたことがない。
そもそも、シヤンハイル周辺に現状確認できる妖気は、カラバ、ミスト、カーラ、テルルの四つだけだ。

ボク達と同じように妖気封印の道具を使ってるのかもしれないが、それにしてもただの一瞬も妖気を感じたことがない。
つまり、固く固く、何があってもそれを外さずに身につけているということだ。

ボクはふ〜っと椅子の背もたれにドカっと倒れる。
そんな予感はあったのかもしれない、不思議と驚きはない。だが、辿り着きたくなかったのかもしれない。
とてつもない疲労感が一気にボクを襲った。

マリアが素っ頓狂な声を上げる。まぁそうだろう。ボクがお風呂に人を誘うなんてこれまでまったくなかった。

イブリスホームにはそれなりに大きな浴場がある。
昔は町の人たちの洗礼に使ってた部屋を改修したらしい。

子供たちは大抵年長のものが年少のものに付き合うなどして、ある程度纏めて入る。
なんせ人数も人数だしね、そうじゃないと時間が足らない。

が、ボクは大抵一人で入っていた。くつろげないもん。
ボクと同様大抵一人で入ってたのがマリアで、例外として時々グレーテルが一緒に入ってもらうくらいだった。

とにかくボクは疲れていたので声だけかけてさっさと入った。
しばらくしてから、マリアも来た。相変わらず、何があってもヴェールを外さない。

マリアは身体を洗ってから、ボクの隣にきて湯につかる。

ボクとマリアは湯船に浸かったまま話を続ける。
もともと洗礼用の浴槽なのであんまり底が深くない。
その代わり広さがあったので複数人で、幼い子供も使うここにはピッタリだった。

マリアは何かを察したように俯く。

しばしの静寂が訪れる。



マリアはあまり動揺してるようには見えなかった。覚悟はしてたのかもしれない。

そういってマリアはボクの肩をそっと抱き寄せて、頭を軽く差し出した。

ボクは彼女の背に回って、出来るだけ優しく彼女のヴェールに手を伸ばし、そっとそれを外していく。
ヴェールは布の裏側が特殊な装飾具や金具で、厳重に厳重に固定されていた。
ボクはそれを、パチンパチンと一つ一つ丁寧に取り外していく。


やがてヴェールは外れ、ボクはそれを浴槽のそばにそっと置く。
途端に噴き出す、全身がビリビリくるほどの凄まじいプレッシャー。

ボクは慈しむようにマリアの角を、何度も何度も撫でる。
そして、彼女の喉元に手を回し、そっと指を這わせた。

ボクは何がしたかったのだろう。

今とんでもない悪手を踏んでいる。
こんなカミングアウトをするはずではなかった。この場ではそっとカマをかけるだけのつもりだったのに。

心配をすることはないよ。

子供たちは明日、貴女を殺す前に全員始末する。

尊大なことを言ってみたが・・・結局この場では殺せなかっただけだった。
そも、最初からそんなつもりではなかったのでまず得物をもってないのだが。

マリアは逃げるつもりはないと言っているが、こっちも立場上それを鵜呑みにして
はいそうですかとのんびり構えてるわけにもいかない。



いよいよ覚悟を決めなければいけない時が来てしまった。

全てを終わらせ、ボクは国に帰らないといけない。


明日ボクはエリス・セーレ＝サタナエルを、いや・・・マリア・イブリスを、殺す。

シオンは元気がなく、トガノは呆れ気味。
その状態から付け足すようにして言った。

ポンと軽くヘリヤの肩を叩いた後、足早に去っていくトガノをシオンは黙って見送る。
…その姿が見えなくなった頃に、ヘリヤに向かってポツリと呟いた。

ヘリヤの励ましで逆に箍が外れたのか、シオンは今までに見せたことのない表情を浮かべ続けている…。

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笑顔でクラゲをヘリヤに向かって放り投げた。
その後ドタバタを繰り返しながら、なんとか目的の海産物を入手したらしく。
2人でそれらを食べて解散したのであった。