「まだ、できる。俺一人では突破は不可能だ。
　いつもの様に、頼む。俺も力の限り期待に応えよう」


ヴィルムが一瞬嬉しそうに目を細め——そしてすぐに、口をきゅっと引き締めて、魔王を睨み据える。
ヴィルムがいなくなれば、ディラックを癒す者はいなくなる。
彼女の役割は限界の、限界まで戦場に立ち、"その時"にディラックが全力で肉薄し、恐らくは最初で最後となる一撃を渾身の力で叩き込める様に、彼を癒す事。


「…まだくたばるなよ」

グリフが軽口を返し、弓を持つ手に力を込める。
フリフの役割は、"その時"を作り出す事。
私の魔術では時間がかかる。ヴィルムは攻撃に魔力を割く余裕は無い。
となれば、チャンスを作り出すのは彼の仕事に他ならない。

私は、私の役目は。
"その時"を生み出す策を練り出す事。


"その時"を生み出す為に、まずは冷静になって、もう一度振り返ろう。
余計な事は考えずに。まずは問題を見据える。
問題は、ディラックの聖剣が相手の攻撃によって届かない事。もっと言うなら、彼が長距離を保ち続ける事

更に深く突き詰めれば、これを打開する方法も見えてくる——。


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——私に出来ること、そんなものがあるのだろうか。
●●●さんは言っていた。自分にできることを考え、その瞬間で出来る事を考えれば答えは出ると。
私の法術でできることは、抗魔呪文による魔法の打消しと、誰かを癒す事、それから他者を一時的に護る事。
…次に攻撃が。たとえばあの大魔法が来れば、きっと防ぎきれない。
今まではディラックさんが前にいたから、身を護るために使わざるを得なかった。
だが、こうして距離が離れてしまえば、気兼ねなく攻撃として使用する事ができる。
ディラックさんは防げても、私達は防げない。そう考えて。

なら、私にできること…。
魔法の打ち消し？——無理だ。そもそも規模が違いすぎて、防げない。威力の減退すら難しい。
癒し？——無意味だ。そもそも耐え切れない以上、癒す意味は無い。アレは生きていることが大前提。死んでしまえば、神といえども癒す事は出来ない。
それなら、魔法の威力を減衰させる抵抗呪文？

これしかない。
でも、私の全精神力を注ぎ込んでも、全員にかける事はできない。
辛うじてでも"生存"にまでもっていくほどの抵抗魔法。ディラックさんを癒す事も考えると、ここで全て消費するのは得策ではない。

ディラックさんは剣で打ち消せるだろう。
グリフも、もしかしたら逃げられるかもしれない。

…ただ、私と●●●さんはそうはいかない。
私は自分か●●●さん、どちらか一方を生かさなければいけない。
しかし、魔王を倒すためには●●●さんの力は不可欠だ。
…それなら私が犠牲になるのがいいかもしれない。しれない、けど。

ディラックさんは、私を信じると言ってくれた！
グリフは、私に「死ぬな」と言った！

それを裏切る事なんて、できない！

——それなら。それなら、どうするか？
二人が生き残る術。抵抗魔術をかけられるのは一人。
私に出来ること……。固定観念を取り除いて。

法術以外でも、何か、私に出来る事は——

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魔王の掌から、新たに炎の大魔法が放たれる。
破魔矢を雨霰と射るが、まるで威力が減衰した様子は無い。
●●●は思考に埋没していて、分かっていない。
…ディラックはこの攻撃を防げるだろう。アイツの剣はコレを斬れる。
俺もこの攻撃をかわす事はできる。
もう何度も見ているし、俺のスピードなら範囲外に逃げる事だって、ギリギリだができる。

だが、ヴィルムと●●●は死ぬ。

ディラックは広範囲魔法の中心地で他人を庇う余裕は無い。
俺も、誰かを持って回避する事なんて出来やしない。

●●●は今、必死になって策を練っている。
俺達が自分を守ると信じて、魔王を前に無防備な姿を晒して。
俺は、護らなくちゃならない。俺に、俺に出来る事は何だ——？
俺は逃げずに、何かするべきじゃないのか？
二人を見捨てて逃げたら、きっと俺は一生後悔する事になる——

時間は無い、けれど答えは出ない。
俺は、何故か横に並ぶディラックの顔を目だけ動かして見ようとした。
希望がほしかったのかもしれない。

するとディラックと、目線が合った。
奴は不安そうな、心配そうな目をしていた。
…コイツまさか俺達を庇うつもりじゃないだろうな？
不安に思い、俺は思わず声を張り上げた。

「……全力で自分を守れよ、ディラック。俺達の事は気にすんな」

頷くディラックを見て、俺も笑みが零れる。
——そうだ。ディラックは俺達を信じると言ったんだ。
その俺が、ヴィルムが何もできねえと思うなんて、裏切りも良いトコだ。
●●●はヴィルムに任せて、俺は回避に専念しよう。
その後は、全力でヴィルムのサポートをする。
何をするかは分からないが、ディラックもフィーグルもサポートは期待できない。
それが、最初の俺の役目だ。

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走り出そうとする脚を止める。
俺が走り出そうが出すまいが、肉薄する前に、魔王が二発目の大魔法を打ち込む方が早い。
それなら、いざという時はみんなを護れる様に此処にいよう。

——剣を構える。
思えば、幼い頃から俺の取得はコレしかなかった。
騎士になって、父に認めてもらうのが夢だった。
卑しい男だと自分でも思う。

それでも、そんな男でも、付いて来てくれる人はいた。
愛してくれる人はいた。
なら、俺はせめて期待に応えなければならない。
勇者なんて肩書きはどうでもいい。
彼らの隣を、胸を張って共に歩けるように。

「……全力で自分を守れよ、ディラック。俺達の事は気にすんな」

大魔法が目前まで迫ったところで、グリフはそう言い放つ。
緊張に強張った声、だが、彼がそう言うのなら、俺はそれを信じて全力で己を守ろう。
傷一つつかせない。
"その時"に、全霊の一撃を与える為に。

——着弾地点を見抜いたグリフが、大魔法が着弾するのと同時に上空へと飛び上がる。
燃え盛る業火と爆風は、あくまで広範囲の攻撃。
地上に向かって撃ったのであれば、天井近くは攻撃範囲に含まれない。

これでグリフは無事だ。
俺も剣を十字に振り、更に剣を水平に構えながらなぎ払う様に回転し、迫る炎と爆風から己の身を守る。
後は、二人。どうするのか。

「●●●さん！」

ヴィルムが、フィーグルへ飛びつき、床に引き倒す。
フィーグルは強かに後頭部を打ち付けたようだが、まだ意識を戻さない。
それに構わずヴィルムは、小さな身体で●●●を庇うように抱きしめた。

「ヴィル……！」

上空のグリフが呻き声を上げる。

「…己を盾に、か」

魔王が呟く。感情の無い言葉だ。感動も嘲りもそこにはない。
俺はただその光景を間近で見て…ヴィルムの瞳が、魔王の言葉を否定しているのを確かに見た。
彼女は魔王に反論するかのように、高らかに叫ぶ。

「マジックレジスト！！」

最大出力で発動する抗魔の魔法。それを、自身の背に限定して●●●と自分を覆う様に起動する。
マジックレジストが大魔法の炎を防ぐも、あまりの威力に、すぐさま決壊間近の防波堤の様に亀裂が入る。
ぎり、と歯を食い縛りながら耐えるヴィルム。
俺は炎を掻き分け、一刻も早く彼女達を助け出そうとする。

「てめぇはそっちじゃねえだろ！　目ぇ離すな！」

ー—だが、それは上からの声に止められた。
抗魔の矢を手に、グリフが叫んでいる。何を、と口を開きかけたが、すぐに閉じて魔王へ目線を向ける。
向けられる指先は例の光線の為か。
誰に放とうとも構わない。これは俺が全身全霊をもって斬り伏せる。
だから

「…二人を頼む！」

「おうとも！」

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マジックレジストで防げるのも、そろそろ限界だった。
これ以上はもたない。だが、大魔法の火力はそれでも勢いを止められない。
かくなる上は、やはり私がー—

覚悟を決めかけたその時、バリン、と予想よりも早くマジックレジストに孔が空いた。
…せっかちな事だ。走馬灯を見る間もありはしないなんて。
それでも●●●さんを抱きしめて、防ごうとした。それが私にできる最後のー—

バリン、バリン、バリン、バリン

続けざま、マジックレジストに孔が空く。
直後、浮遊感があって。

「飛ぶぜ」

多分その言葉よりも早く、私と●●●さんは、グリフに抱えられて宙を飛んでいた。

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動けるのは俺一人。俺にできることは何か？
…ああ、そんなもの考えるまでもない。
あいつ等を助ける事だ。俺にしかできない。

どうやって？　は簡単だった。
俺の矢では奴の魔法を防げない。弱められもしない。
だがそれは発動直後の、魔法が完全であった時の話だ。

時間経過で消滅する以上、長時間の維持はできない。
マジックレジストによって徐々に威力が減退していく炎ならば、あるいは——いや。
あんな大見得を切った以上、俺の身体盾にしてでも助け出さなきゃ男が廃る。

覚悟を決めて、矢を放ちながら地面へと跳ぶ。
炎は威力を弱めるものの、消える気配はない。残滓でコレか、と心中悪態をつきながら、マジックレジストを貫いたのを見て肝が冷えた。

「やっべ……」

呟く間にも俺が放った矢は、炎の勢いを殺しつつ、マジックレジストに次々と孔を空けて行く。
駄目な時も考えて広範囲に放ち、足場を作ろうとしたが肝心な事を忘れていたようだ。
ちょっと青くなりながら、狙い通りの場所に着地すると同時に二人を抱え込む。
炎はすぐ目の前に。
だが遅い。地面を思いっきり蹴り、跳躍する。
……ああそうだ、コレ言っとかないと。

「飛ぶぜ」

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——聖剣による遠距離攻撃。例えば、聖剣を通しての魔法ならどうか？
——無意味。あくまで刀身による一撃のみが有効。

——魔王を誘き寄せる事は？
——不可。挑発に応じる気配も無いし、遠距離で既に有利。変えるとは思えない。

——魔王を足止めする事は？
——不可。魔王は聖剣以外の全ての攻撃を

——訂正。魔王に対して攻撃を行う事による足止めのみ不可。


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「見つけた…！」

そんな声が聞こえた気がして、フッと中空にいる彼女達を見上げる。
——グリフに抱きかかえながら、少女が不敵な笑みを浮かべていた。

　ちゅっ♥

　ちゅっ♥　ちゅっ♥

　んちゅぅぅぅぅっ♥

　そう言いながら、唇すれすれにとびっきり熱い口付けをしてようやく身を離した

　出会った時に言った強いとは違い、ゆっくりとそう答えた

　

　なんだか、その話を詳しく聞きたいような気がした。
　でもあんまり聞いちゃいけないような気もした。

　

　

　自分が本当に可愛いから、という発想は微塵もないようである。

　

　

　
　そういうお年頃。

数多のモンスターを子供の様に扱える"魔王の力"に興味がある様です。

こちらもわくわくが止まらない様です。

フィーグルさんの言葉を聴いて、思いっ切り笑顔が溢れそうになるのを堪えようとして変な表情になりつつ…ぷはーっと深呼吸します。

言いたい放題にされようと気分を害した様子はない。
むしろすんなりとそれを認めた。

それは一種、斬り捨てるような響きすら帯びていたかもしれない。

繰り返した。
多分これは完全に、理解できてない発音、って感じのアレ。

　

　すぱっとそう言い切った。