本当は気が付いていた
いつもそこにあるはずのものが、いつまでもそこにあるとは限らない
別れは日常の隙間に忽然と姿を現すし、多くの場合は抗いようもなく、ただ現実を受け入れるしか術はない
それでも諦めきれず、足掻くために、ユキシロは華奢な腕に小さな三毛猫を抱えたまま、ただ必死になって走っていた



最初に違和感に気が付いたのは最初の試験の時だ
軽く相手に触れただけで"乗った"のが判った
力が暴走した？　違う
無意識に使えるように？　違う
力は強くなったと思う
ただ、意図的に使えることはできなくなった
でも、それでいいと思った
不思議と危険な予感はしなかったし、何より僕はこの力が嫌いだった
特別なんかじゃなくて、もっと昔に、みんなと一緒に行けたのなら、と
結局の所、あの場所から逃げ出したからといって、
いつまで経っても過去から逃れることなんてできないのだ












カンッ　　　　　カンッ　　　　　　カンッ
軽快な音が砂浜に響く
木で出来たテーブルの上には等間隔に、いくつもの空き缶が置かれている
カンッ　　　　　カンッ
短い破砕音と共に、それらが1つずつテーブルの下に落ちていく
下にも複数の空き缶が転がっていたが、そのどれもが真ん中に黒い穴を穿っていた
テーブルの周囲に人影はなく、浜辺に波打つ音しか聞こえない
季節は夏で、海に入るには絶好の晴天であったが、そこには人っ子1人
それもそのはずで、そこは港町から遠く離れた小さな島。無人島だったからだ
海岸が北と西に2箇所ある他は崖に囲まれており、島の中央には森が広がっている
森からは時折鳥の鳴き声が聞こえてくるが、種類までは判らない
カンッ
音が止んだ
すべての空き缶が砂浜に転がっており、テーブルやその周辺には何ひとつ変化がない
撃ち漏らしたものは1つとしてなく、そのどれもが正確に空き缶の中央を捉えている
それを成し遂げた狙撃者はその場所から遥か遠く
島の端にある絶壁の上から行われたものだった
砂粒くらいの小さな点があるそこで、身体を伏せて銃口を向けていた影がむくりと上半身を起こした

「ミッション、コンプリート」

呟いた声はとても幼く、あどけなさを残しながらも硬い響きを滲ませている
傍にあるスナイパーライフルは不釣合いなほど長く、その子の身長はその半分ほどでしかない
パチ、パチ、パチ、とその背後から拍手が鳴る

「お見事だねぇ
　狙撃手としてもいけるんじゃないか？」

クツクツと笑うその男は、にやけた顔には無精髭とタバコが加えられており、全身も余り清潔とは言いがたい格好をしていた
しかし、その眼光はとても鋭く、歴戦の兵士を思わせるような鈍い光を伴っており、佇まいにも隙が無い
問われた小さい影の方は、しかしかぶりを振ってその問いに否定する

「……無理でしょう
　ここまで長重なものだと組み立てるのも時間がかかります
　それに取り付け式の緩衝装置も付けるとなると余計……
　荷物もかさ張りますし、待ちぶせかつ使い捨ての時にしか使えません
　私達の経済状況を考えると、そのような余裕は無いように思えます」

無表情に、男の方へ振り返りもせずに淡々と銃を解体しながら応える

「はは、その通りだ
　今の我々には余裕が無い
　資金的なものもあるが、状況も悪化の一途だ
　……全ては君の手腕にかかっている
　この訓練もその一環だ
　なぁに、使い捨ててもいいのさ
　一発の弾丸で、勝負が決まる時もある
　俺達が目指す革命はそういうものなんだ」

ふぅ、と長い溜め息と共に白煙が空に昇っていく
遠くを見る男の瞳に映るのは、過去か未来か
様々な色が混じりあっており、窺い知ることはできない

「撤収準備、完了しました」

「……よし、髪の毛ひとつ残していないな？
　それでは荷物は俺が運ぶ」

「ハッ！　……え？
　でもそれだと訓練にならないんじゃ……」

「……ふぅ
　まだまだ抜けているな、お前は
　命令は途中だ。気を抜かずに最後まで聞け
　荷物は俺が運ぶ
　お前は……浜辺の掃除だ
　さっさと全部綺麗に片付けてこい」

「サ、サー！」

敬礼をして、走りだす
やれやれといった顔でその後姿を男が見守った

「まったく、情けない話だ
　大の大人が雁首揃えてあんな子供に未来を託すなどと……
　しかし、兵士などいくらいても所詮は歩兵止まり
　将を討ち取るのならば、これくらいの無茶無謀でなければ務まらんよな」

崖の上から遥か下にある砂浜を見下ろす
下からは太陽の照り返しが強く、キラキラときらめいている
スコープなどで覗き込めば目をやられてしまうような光であったが、
そもそも狙い撃っていた狙撃銃にスコープは付いていなかった
すべて裸眼。いや、そもそも目を開けていたのかさえ

「……まったく、本当度し難い
　齢五歳にして天性の銃の才能、そして異能の力、か
　ふふ、情けなくはあるが、この切り札
　"ユキシロ"があれば我々の悲願達成も夢ではない」

ク、クク……ハハハハ………
低く笑う男の目には、今度ははっきりとした憎悪の感情がただただ渦巻いていた

耳を引っ張ってみようとか、頬をつねってみよう…などという害意は、全く無い。
喉の辺りをそっと撫でてから、そのまま両手で持ち上げようとしてみる。

　ジャックはじっくりとユキシロを見詰めた。