——時は過ぎて終業式が終わり、
夏休みが始まる。
——結局、響子の結婚式話については、
卒業後で確定したらしい。
あの七不思議の夜の後、
魅月が確約させた。
「夏休みはやめてね。」
「——いや、だから結婚とかそういうのは……」
「——そうね。卒業式があるし、
　卒業式の後ね。
　予約入れとくわ。」
「ちょ、ま——！」
色々すったもんだがあったが、
大雑把にいえばこんな感じである。
——後顧の憂いが無くなり、
休みに入った魅月は故郷へと帰省していた——

「……」
招待状を取り出し、
指で弄びながら見つめる魅月。
あの七不思議で送られてきたそれは、
何度見返してみても特別変わった様子はみられない。
「——どうやって特定するつもりかしらね……」
繋がりはこの招待状一つ。
未だ考えても答えの出ない事ではあるが、
どうしても気になってしょうがない。
どうせこの時間のこの場所には魅月しかいないのだとしても、
それを向こうが知る余地などないように思えたから。
その地について知っているのであれば——
確実に魅月以外が足を踏み入れる可能性などないと言い切れるだろうが、
どう考えてもこちらの世界の事を知っているとは思えない。
「——他の者が来てもよしとしているのか、
　まぁ、無難な所だと、
　私の力の波長を頼りにだけど……」
——だとすればその波長を隠してみたくなる——
そんな意地悪な考えを首を振って霧散させつつ、
最寄りの駅から出て花屋へと足を運ぶ魅月。
——もう誰もいない故郷の皆への手向けの花を買うために。
「いらっしゃいませ、どんな花をお探しですか？」
「——両手一杯のムギワラギクを。
　……その花束には黒いリボンで束ねて欲しい。
　お願いできるかしら？」
「……え？
　あ。はい。分かりました。
　少々お待ちください。」
注文をし、花束が出来上がるのを魅月が待っていると、
店にいた老人が１人、魅月へと歩みより——
「——墓参りですかな？
　お若いのにしっかりした事だ。」
そう話しかけてきた。
若い……という言葉に内心少し苦笑しながら、
にっこりと魅月は笑顔を浮かべ——
「——久しぶりに行くのよ。
　何度かいってるけど、
　そう頻繁な事じゃないし、
　行く必要があるから当たり前の事よ。
　——しっかりしたなんていう程の事じゃないわ。
　……
　最も——
　そう何度も行くような話でもないわね。
　そこに墓なんて存在しないのだもの。」
「……そうかね……
　事情は分かないけれど、
　それでも——
　やはりしっかりした娘子さんだと思う。
　——理由を聞かれると感……
　としかいいようはありませんが、な……」
「そう……
　……
　褒め言葉として受け取っておくわ。
　——ありがとうございます。」
「何、話し相手も少ない老人が、
　少しお喋り相手が欲しいと思った時に……
　珍しい娘子さんがいたから話したくなっただけ……
　気にする事も礼をいう事もありませんよ、
　いうとしたらこちらの方だ。」
老人も笑顔で応対する魅月に、笑って返す。
そうしてお喋りしているうちに花束が出来上がり、
魅月はお金を払ってそれを受け取る。
「そ。
　——それじゃあ、またね。——君。」
「ええ、
　それでは縁があればまた。
　——次も生きてるうちにでも会いたいものですな。」
「——お茶の用意を期待するわ。」
「分かっていますとも——」
花束を受け取るとそういいながら手を振って去っていく魅月に、
老人は一つお辞儀をして、
魅月の姿が消えるまで見送るのだった——

——老人と別れ、
花束を抱えながら道を行く。
道を進むたびに周囲から家や人の姿が消え、
自然が増えてゆく。
山に向かって進み、
山の中へと入ろうというのだから当たり前といえば当たり前ではある、が。
たまにすれ違う人が奇妙に首を傾げる姿は増えてゆく。
当然といえば当然だろう。
魅月が歩む方向に行きついた先には何も無い。
——立ち入り禁止の立札がある上に、
整備されていない道があるだけである。
——普通であれば、
誰かが魅月に声をかけて止めるのだろうが——
「…………」
まるで苛立つかのように魅月は人を寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。
——誰しも望んで剣呑な雰囲気を醸し出す人物に話かけようとはしないもので、
そのまま誰に話かけられることもなく、
立ち入り禁止の立札のある所まで到達する。
「——この科学の時代となっても……
　ここは手つかずなのね。
　穢されていない事を喜ぶべきなのか、
　それとも——
　あの時のままである事を悲しむべきなのか——
　……まぁ、答えなんて出ないのだけど、ね……」
さて、と——と立札の奥を眺める。
そこは整備されていない山道と、
其処へと通さないように有刺鉄線がはりめぐらされている。
——人こそ近くにいないものの、
厳重に人の侵入を阻んでいる事は見て取れる。
そんな有刺鉄線の前に立ち……
「……
　……そんなに高くないわね……
　といっても普通に行けば地味に痛い……と。
　……普通に……といっても花が邪魔、といっても手放すには……
　……仕方ないわね。」
タンっと後ろに跳ねて距離を取り——
少しばかり勢いをつけて跳躍する。
といっても、有刺鉄線を超えるには少し足りない。
もっと勢いをつければ超えれたのだろうが、
持っている花に遠慮をしたためだ。
だが、そのままでは有刺鉄線に衝突し、
台無しになってしまう。
だが——

——トンッ……

空中にまるで足場があったかのようにもう一度跳ねる。
それにより有刺鉄線を飛び越え、
有刺鉄線の向こう側へとたどり着く。
「——ふぅ。
　……悪いわね……」
足場にしたのは魅月の周囲にいる霊達。
元より、霊に触れる事が出来るなら、
そういう荒業も不可能ではない。
ただ少々の罪悪感があるみたいではあるのだが——
今更、という気がしないでもない。
「——さて。行きましょうか。」
だが、すぐさま踵を返して山道を進む。
整備されていない……
更にいえば人が通らなくなって最早道とすら呼べるか怪しい山道を歩くのは
中々骨があるのだが——
「……」
慣れたように歩いて行くのは、
魅月がこの山について詳しく知り、
この山で遊び親しんだからだろう。
——そして、その記憶は未だ彼女の中では色あせていない。
長い時を経てもその大切な思い出は永遠に刻まれている証。
だが——
思い出して浮かべる表情は——
「——」
寂しげで影がある。
楽しい思い出であったからこそ、
親しい者を、全てを失った魅月の過去は魅月に重くのしかかる。
長き時を生きたから失ったのではなく、
失ったからこそ——
この長き時を生きる事になってしまったのだから。
楽しかった頃の魅月は只の人間であったのだから——
「——未だにあの頃の感傷に囚われるのね。
　私は——
　……これだけは無くしていいものじゃない。
　だから当たり前なのだけど——
　……
　駄目ね……私は……」
——また、昔に戻りそうになる。
そんな言葉を飲み込んで故郷へと足を進めてゆく——

——そこには何も無かった。
山の奥にあるそこには、
草木も何も映えておらず、一面の荒野が広がっていた。
そこは死の地。
何も生み出さず、
何も受け入れる事もない。
例え雑草であろうともそこで生きる事は不可能なほどに。
それを肌で感じ取れるから誰も近寄らない。
手を出そうなどとは考えない。
だから——
ここは常に死の土地だ。
魅月本人がここに居られるのはここが魅月の全ての原点があるが故。
風すらも吹かぬこの地の中心へと魅月は向かう。
そこはかつて自分の家があった場所。
そしてそこへそっと花束を手向けた。
「——ただいま、皆。」
時計を見、まだ旅立つまでに時間がある事を確認する。
「——久しぶりね。
　何から話そうかしら。
　……面白い話も大した話もないわ。
　——聞かせる価値があるかどうかも分からないけれど——
　今まで私がどうしてきたのか、
　時間まで存分に喋ってあげる。
　——あのね——」
誰もいない故郷で、魅月は語りかける。
ゆっくりと、今までの空白を埋めるかのように。
聞くべき者は居やしない。
聞いているのは己の周囲に漂う霊達だけ。
——なんて無意味、なんて無駄。
けれど、魅月にだけは意味がある。
過去ではなく前を向いて歩き初めた魅月の話は、
過去を捨て去るのではなく、
過去を抱えた上で歩く事に他ならない。
意味があるのは当人だけ。
——けれど、もし——
そう。
もしも人であった頃の魅月の友が今の姿をみたのなら——
きっと笑って聞いてくれるだろう。
失敗も成功も。
間違いも正しい事も。
全部を肯定し、
今の魅月を見て笑う。
——自分が居なくてもちゃんとこうして生きているじゃないかと。
無論、それは願望で、
決して叶う事はないし、
誰も知る由がある事ではないけれど——

——月が昇る。
満月が。
約束の時は０時。
空の最も高い所に位置どろうとする月が、
もうすぐ時間だと優しく光が魅月へと降り注ぎ教えてくれる。
それを見て時が近い事を知り、
どれだけ長い間話をしていたのか少し苦笑する。
「——これだけ話したというのに……
　まだまだ話足りないなんて——
　長生きはするものじゃないわね。
　語りつくしたい時に語りつくせないなんて残念なものだもの。
　……ああ……
　全く……
　帰ってきたら時間が残っていればいいのだけど。
　向こうで過ごした時間とこちらで過ごした時間は違う……
　向こうで流れる時間の方がこちらより早いとは思うのだけど、
　それでも——
　どれくらいの時を過ごすかわからないのだもの。
　夏休みが終わらない事を願っているわ。
　——ま、最も……
　夏休みで足りなければまた次の休みにくればいい話だけど。
　早々異世界に行く事なんて……
　……
　それなりにあるわね。
　ま、でも私の時間はまだまだ残されているわ。
　——いつかは尽きるかもしれない。
　けれど、未来の事なんて誰にも分かりはしない。
　だったら——
　語りつくせる日が来る事を願うくらいは良いでしょう……？
　語りつくしても生きていればまた思い出が増える。
　そうしたらまた語って——
　大丈夫、私は忘れたりしない。
　私は“永遠に覚えている”わ。
　私の生がある限り、私は私の思い出を。
　貴方達と生きた日も、
　貴方達と永遠の決別となった日も、
　それから生きてきた時間も——」
さぁ、そろそろ時間ねと魅月は笑い空を見上げ、
手を月へと伸ばす。
「さ、そろそろ時間ね。
　……私を導きなさい。
　招待状を送った以上、
　あれを無かったことになんてさせないわ。
　私を楽しませなさい。
　私はそれなりに手を貸すわ。
　——私を此処に呼んだ以上、それは貴方達の責務よ。」
その言葉と共に時計は０時を指し示す。
それと同時に月の光が煌めいて、
光の階段が生み出される。
月の光の階段の先には光で出来た扉があった。
「……ええ、それでいいわ。
　それじゃあ皆——
　行ってくるわ。
　土産は期待しないでね。
　土産話くらいは用意するつもりだけど——
　——所詮観光にいって楽しかった程度の話よ。
　……また、ね。」
ひらりと名残惜しむように階段を上り、
扉の前に立つと後ろを振り返り、
手を振って別れの挨拶を告げる。
この扉の向こうに何があるのか、
少しの期待を込めながら、
別れの挨拶を済ませると扉を押し開く。
光が溢れ先がどうなっているかは分からない。
けれど、魅月はその光の中へと一歩踏み出し——

たどりついたその先には一面の緑が広がっていた。
のどかな空間。
広大な農地が広がる其処は、
とても心地が良い世界だった。
こんな世界にも争いの火種はあるのかと疑問に思う程に。
「——成程。
　少なくとも守る価値はあるわね。
　ええ、この光景だけでも見る価値はあったわ。
　ただ、残念なのは——」
辺りを見渡しそっと瞳を閉じる。
瞳を閉じれば見えないものも見えてくる。
辺りに力強い生命を感じる。
豊かな生命は力強い光。
光り輝く生命溢れる其処は——
「——私には相応しくない。
　ええ、本当に残念ね。
　こんなに綺麗なのだもの。
　力を貸して欲しいとの事だけど、
　私はそんな事よりこの世界を楽しみたいわ。」
魅月は微笑む。
もう十分に美しい其処は、
きっと守るにふさわしいものがいるのだろうと。
だから、自分はそれに少し花を添えるように手を貸せばいい。
ただ悠々自適に楽しもうと。
手に持っていた招待状に書かれた地図は変化して、
何処に向かえばいいのかを指し示していた。
だからそこに向かって魅月は淀みなく進む。
何が待ち受け、
どんな出会いと別れがあり、
どんな結末が待ちうけているのか。
さぁ、始めよう——
ここよりつづられる魅月の新たな物語を——

その言葉に応える様に、ふわりと小さな天使がペルチェの傍に現れる‥‥