森の中に精霊詩が響く。
　詩で作られた領域の中、反響した声は響きを変え、精霊の補助を受けて二重三重と重ねられていく。

　中心にいるのはチョコレート色の髪を流した女性。
　肩には歌い手である妖精を乗せ、女性——アデル自身は黒尽くめの男に体を寄りかからせていた。
　アデルの身なりは少し乱れ、指の間には髪を束ねていただろうリボンが挟まれている。武装は収納済みなのか、少しだけレースを縁取った紺のワンピースを纏い、白い質素な外套を羽織っていた。

　肩に乗った妖精は歌う旋律に合わせて羽根を揺らし、周囲に精霊の力を示す燐光を漂わせている。
　歌い手は一人、響く旋律は複数。時折精霊たちに何か示しているのは、さながら音を調整する指揮者か。
　満ちた詩は治癒の力を帯びて、域内の人間を緩慢に癒やし始めていた。

「『手間をかけさせるな』」
「わかってるじゃない」

　アデルの遠回しな労いに対して、妖精は変な遠慮をしなかった。
　謳っている最中でも会話に支障はないのか、笑みすら浮かべて見せる。

「反省会は———」
「『した。後でリベンジする』」

　っていうか、と言葉を連ねたアデルは、クロガネにもたれかかったまま顎を上げ、息を吸い込んで白い喉を伸ばした。
　息を吐き、空を仰ぎながら続きを口にする前に、言葉の少ないクロガネが珍しく口を開く。

「……行儀が悪い、行儀の悪さはそろそろ卒業しろ」
「『凹んでる時くらい好きにさせろ』」

　不運もあったが、凡ミスが痛いのだと、アデルは苦笑交じりに語った。
　念には念を入れて方針を練り、相方とは三度に渡って確認を取った。その中に確認漏れがあり、それが原因となれば凹みたくもなる。
　ワンミスで失敗するのが悪いといわれれば一理あるが、好戦ぎりぎりを渡りたがるのは性格だ。ミスはミスとしても、方針自体を悔いてる訳ではない。

「リスクジャンキーめ」
「『性格の問題だ、好戦を控えるよりは確認の方を……っと』」

　妖精との話を切り上げ、アデルが瞬間的にもたれていた姿勢を正す。
　向き直った先では、同じく森に来ていたと思われる一揆参加者が訪れていた。

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　アデルたちが休憩している場所を通りがかったのは、白の肌着に黒い上着を着込んだ、見慣れない姿の少年だった。
　少し前のアデルと同様に、身なりは少しばかり乱れている。
　その理由にはすぐに思い至ったが、それについて触れる事はなく、アデルは『クマ狩りに？』という問いにだけ短く頷いて答えた。

「ちょっと深く入りすぎちゃってね〜？　もう一日探そうかと」
「そうなのか……一人で？」
「うん……あ、昨日は別の子と一緒にいたのよ？　でも一応お姉ちゃん一人でもなんとかなるかなって？」

　武装解除している事もあってか、少年の顔色にはアデルに対する、その実力を見極めようとする気配が抜けない。
　ぱっと見武器も持っていないし、口調も気配もどこか抜けてる、いや、アデルがそう“振舞っている”。
　無論それ位は予想のうちに入っているだろう、だからこそ———マコトと名乗った少年は観察を緩めない、保留といった所か。

　他の二人については、「妖精さんと、お姉ちゃんの連れ」と実にずさん極まりない紹介が行われていた。
　もしかしたらこっちが護衛なんじゃないか、と視線を向けられ、クロガネは少し煩わしげに視線を逸らす。

「クロガネは〜、一揆参加者じゃないからネクターを持ってないの。ルリちゃんにも余ってないって言われちゃったし？」
「あ、そうか……」

　つまり、戦いに参加するのは正真正銘この女性だけ、ことさら疑いの気配が深まったように思えた。

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　会話を進めると、どうやらマコトも滞在を一日延長して熊を探すらしい。
　彼の仲間は他の予定があり、別途臨時のパーティーを探す気のようだった。

　……しかし、後一人だけがどうしても埋まらない。
　別に三人でもいいじゃないとアデルは気楽に思っていたが、万が一の遭遇が怖いと語られたら、実際その怖さを体験した身としては苦笑して頷くしかなかった。

「……どうしても見つからなかったら〜、お姉ちゃんが傭兵さんしてあげる」
「あんたが……？」
「そう、お姉ちゃんにもメリットがあるから安くするわー」

　ふんわりと笑みを作る、その口調を変えて。

「『———何、報酬分は誠実に働くさ』」
「あんた、その口調……っていうか、『確実に』じゃないんだな」
「『坊やは確実なんて言葉を信じてるのか？』」
「……いや、今日で信じなくなった」

　結構、と軽い笑みを浮かべた後、アデルは再びふんわりとした口調に戻っていた。

「じゃあ……時間になったら、他の子達を連れてきてね〜？　お姉ちゃん、近くでテント張って待ってるから〜」
「宿じゃないのか」
「そうよ〜、他の子泊めたりしてたから、ね？」

　長い指を立て、柔らかい口調で語るアデルは、それ以上を教えることはなかった。

仔リスから変化した、にこにこと屈託なく笑う小さな女の子がそこには居た。