その夜、野営地の中でトリーは目を覚ますと、にんじんが側にいないことに気づきました。にんじんは気まぐれな奴です。そして森が好きな生き物なので、ふらふら遊び歩いていることはすぐにわかりました。普段だったらそのまま眠ってしまうのですけれども、そのときのトリーは眠ろうにも胸につっかえものができたみたいににんじんのことが気にかかって仕方がなくて、どうしても眠れないため、探しに行くことにしました。見張りの者に用を足すと告げて、トリーは焚き火から離れます。夜外出するために嘘をついたのはこれが初めてのことでした。


夜の森はとっても薄暗くて、ひんやりしていて、静かで、物陰からオバケが現れてもおかしくないような、そんな怖いところです。けれどもトリーは、村にいたときだって同じくらい危ない森の中へ一人で入っていたので、まったくへっちゃらでした。


べルフィと別れた後、本当はまっすぐ仲間のところへ帰るつもりでした。けれども砂地へ向かう途中でトリュフという顔見知りの少女を見つけ、お喋りしているうちまったく方向違いの森の中に来てしまっていたのです。そして出口を探す途中で、花冠という特徴的な帽子の男に会い、もう日は暮れていたので今晩は彼らと寝床を共にすることにしました。こういうわけで、トリーは再び森林にいるのでした。


トリーには昔から不思議な勘のようなものがありました。
たとえばチェストの上に眼鏡を置いて、眼鏡をどこに置いたか忘れたとき、探すまでもなく眼鏡がどの部屋のどこにあるのかおおまかにわかるような、そういう勘が森の中でのみきくのです。だからトリーの目には松明の明かりとその少し先しか見えませんけれど、道に迷うことなく、木の根に足をとられつまずくことなく、森の奥へ奥へ進んでいきます。にんじんを見つけるのにそう時間はいりませんでした。



にんじんは大きな木の根の上にちょこんと座っていました。

にんじんは答えません。

よくよく近づいて見てみれば、それは木の根ではなく、人間の女、いいえドライアドでした。巨木の下に倒れたドライアドの上ににんじんはまたがり、根を下ろし、寄生しているようです。倒れたドライアドは、時折痙攣しぴくぴく動きます。それが生命力を吸われる際の反動だとはトリーにはわかりませんでした。白いドライアドの肌は土の色に変じ、水気をすっかり失いカサカサしていて、特に腕先なんてまさに木の枝のよう。皮膚は所々樹皮みたいに脆く剥がれ落ち、そうした場所からは樹皮色の肌が見えていました。樹皮の腕は、触ったらそのまま崩れてしまいそうな脆さがあり、生命の欠片をすべて吸い尽くされた搾りカスということばがぴったりな様子です。

なにより倒れたドライアドからはまったく温かみを感じないので、これは死んでいるのだなあとトリーは思いました。
だからトリーは、どくにんじんも、ドライアドの死骸もそのままにして、帰ることにしました。どくにんじんも用が済めばもどることでしょう。

手近にあったシャベルでにんじんを頭から叩く！地面に埋める！

ベトべチール伯爵のヘドロの身体がにんじんに覆いかぶさる！

　『関わりたくないのかい？』と問われ、ちょっと引き気味に。

　暫しの沈黙の後。

どこからともなく、ぐつぐつと油煮えたぎる鉄の大鍋が出現

鍋の中では、オレンジ、黄色、水色、色とりどりの色水がマーブル状に泳ぐ。水分を失いスカスカになったにんじんとスノーホワイトは、鍋の底に沈みダシをとられている。
味には期待できそうだ！！

ぐつぐつぐつぐつぐつ。

………甘ったるい香りが鍋の周囲に広がっていく。
なんだかうきうきして心持ち足取りもふわふわしてくるかも。