「勿体ないお言葉ですが、我が主君はただ一人と決めております」

　朱塗りの大柱の御殿の最奥の部屋。
　ツナと呼ばれた青年と、お館様と呼ばれる男が椅子に腰かけ、テーブルに向かい合って座っています。

「そうか。山の皆もお前の事を好いておるし、どうだろうかと思ったのだがな。お前には勿論……ライコウ殿にも充分な貢物を……と、思っておったのだが」

　お館様と呼ばれた男は部屋の隅に積まれた金銀財宝をちらと横目に見た後、目の前の青年に向き直り、ひどく悔しそうな表情を浮かべます。

　青年は席を立って一礼すると、静かに部屋を立ち去りました。



「なんで断りはったん？　」

　青年が館を出ると、それに続いて赤い髪の童子が姿を現します。

「盗み聞きとか、超ムカつくんですけど？　ツナちゃんがこんなクソ山奥でお前らみたいなのと暮らすわけ無いじゃんか。ツナちゃん都にお屋敷あるし、お前らと違って黙ってても出世街道真っ只中なんですー」

　青年の言葉に赤い髪の童子はがっくりと肩を落とし……。

「ウチはツナにここにいて欲しい……」

　と、ぽつりと呟き、狩衣の袖を引きます。

「じゃあ、お前がうちに来いよ。そしたら下男として使ってやってもいいぞ？　」

「お館様と一緒にいたいから、それは嫌や」

「じゃあ諦めろ」

「……」

　青年は袖を振って赤い髪の童子の手を払うと、山道を里に向かって降りていきます。

　その姿が見えなくなるまで、赤い髪の童子はずっとその背中を見送り続けました。



「わかってんだよ……そんな事はわかってんだ。でも、そんな事言ったってどうしようも無いじゃんよ……」

　里へと下る道中、青年は蹲ってひとしきり嗚咽を漏らした後、狩衣の袖でそっと目元を拭いました。

　神父は肩をだらりと下げ、教会の入り口の柱に寄り掛かったソルトを見て、足早にソルトの元へと向かう。

　神父はソルトの様子から、そう、判断すると、一般的な成人男性であるソルトを軽々と抱きかかえて、そのまま教会の奥の診察室へと向かった。

　冗談めかしてそう言った神父にソルトが首を横に振る。

　がちゃり……不用心にも鍵が開けっ放しだったドアを開いて大柄な男が入ってくる。

　レオン神父が出迎えたインプの頭をぽんぽんと撫でると、インプがくすぐったそうに眼を細める

　スケジュール管理のきっちりとしたソルトにしては、イレギュラーな仕事を回してきた事に少し引っ掛かりを感じたものの……

　そう、結論付けると、らいちは支度を始めた

　　　　　　　人形の様な義腕を職人の眼で見つめた

らいちが懐中時計の蓋を開けると、インプが顔を出す……