セフィラータに居た頃にだって誰かに何かを頼まれることぐらいあった。
　頼まれた仕事を片付けるとお礼だって何度も言われたことがある。
　別にアルファはどうでもよかった。
　できることをただやっただけで、それが他人にとってどういう意味を持つかなんて気にしなかったから。
　褒められると戸惑う。他人には出来ないことが出来る自分というのが信じがたい。
　他人の口から出る賞賛の声、その言葉に嘘がないのだろうか。喜ぶべきことなのだろうか。
　
　結局アルファには判らない。
　わからないのなら、知らない方がいい。気にするだけ無駄だ。
　他所の人の声がアルファのできることを左右するわけじゃない。
　アルファはできることだけしていればいい。機械みたいにできることだけ。
　
　だけど、いつだって誰かに褒められるのは別に嫌いじゃない。くすぐったいだけで。
　どうしたらいいかよくわからない。

***

　「やーだああああああああああ！絶対にやだああああああああああ！
　　アルファはほ、他のやつなんかと、なんかと一緒にいたくないーーー！」
　人目も憚らず、アルファは進行した砂地で泣きじゃくっていた。幼い子供のようにうずくまって駄々をこねる。エンブリオ探索の旅の休憩中、ユキナから提案された内容に反発しているのだ。
　彼女がどこかの情報で聞いてきたのか、このメルンテーゼの地には闘技大会なるものが開催されている。一揆など起こしている最中に何故味方同士で武を競い合わねばならないのか、主催者の意図はともかく。彼女が（あるいは彼女の妹と弟が）とある募集に目をつけた。
　闘技大会に出場するには４名でのエントリーが条件だ。その掲示には残り２名を募集する旨が書かれてあった。
　ユキナの思案は恐らくアルファの対人関係での成長を願ってという親心から来ているものだろうが（本当のところは彼女しかわからないところだし、アルファにとっては気づきようのない考えであっても）アルファにとっては未だに同行しているコロナやミルザにすら打ち解けていない状況。その上まだ知らない誰かと接しなければならないということがとてつもなく大変なことだった。ユキナもそれは重々承知だとアルファは思っていただけに、こんな提案をされたことにもアルファは半分腹を立てていた。
　「き、きらいだ……ユキナも、ちっこいのも中くらいのもっ……！し、知らないやつはもっと嫌いだっ！」
　ぐすぐすと鼻をすすってユキナに背中を向けるアルファにユキナは困ったような視線を向けて黙っていた。
　「アルファ……聞いて、お願い」
　「やーだああああああ！しらないーーーーーーーー！うるさいーーーーーー！」
　頑なに耳をふさいで喚くアルファ。微かにため息をついたユキナは少しだけ思案する。上手く彼を宥めて乗せる言葉は何か。自分はあまり会話が得意ではない。こういう時にどう言えばいいか、何となくヘッセだったらどう言うか、と自然と考えていた。一つ光明が差した。
　「……ねぇ、アルファ。……闘技大会には、沢山のエンブリオを持つ人が集まるわ」
　アルファの肩がぴくりと跳ねた。脈ありのようだ。アルファの目的はエンブリオの研究。その対象が集まるというのなら、もしかしたら興味を引かれるかもしれないと考えた発言はあたっていた。
　「私たちが知らない、エンブリオを持つ人達もいるはずよ……近くで見てみたいでしょう……？」
　アルファが肩越しにこちらを見る。話の続きを待っているようだ。
　「大会に出るには、４人で組まなければいけないのは、わかっているでしょう……？
　　さっき言った他の二人の人も、もしかしたら……アルファのまだ調べていないエンブリオを連れているかも……」
　「……」
　視線をユキナに固定したまま、必死にアルファは考えているようだ。エンブリオは確かに見たい。見たいが、知らない人とは接したくない。興味と欲望と葛藤と。ユキナは待った、彼が自分で決めること、納得したことを選択させたほうがいいのだと思っていたから。だから彼が本気で行かないと言ったのなら、ユキナも参加は取りやめるつもりだった。
　じりじりと時間だけが過ぎ、アルファがゆっくりと体をこちらに向けた。結局、勝ったのはエンブリオへの興味のようだ。俯いたまま顔を上げずに小さな声で呻いた。
　「え、エンブリオは……み、見る。から、でてもいい、けど！けど……
　　他の、ほ、他のやつとは喋りたくない……」
　「出来る限りでいいわ。きちんと挨拶をして……アルファができることをするだけで」
　できること。アルファにできることは物を作って直して形にすることだけで、喋ることは出来ないのに。ユキナの言ってることはそういう意味ではないのだろうけれど。ああまた面倒なことになってしまったとアルファは思った。

　ユキナとコロナとミルザ、それから渋々ながらに引っ張られながらのアルファは結局組む相手との顔合わせにずるずると両手を引かれながら赴いたのだった。