傍らにある花はひとつだけ。
　その手を取る、滑らかな（真実生きた花であるかのような）感触がそこに生まれる。
　いまひとつ存在を掻き立てる足は別れ、再びどこか離れて、ひとつ、ふたつの銃声……。
　火の散る音。
　周囲に、これまで遠ざかっていた《じぶんたちではない》ものの呼吸を親しく感じる。
　そこから発せられるいくつかの視線、眼差し、視ているということの光——瞬きながら逃れていく輝きの気配、深く落ち沈んだ暗がりの底になお眩暈を覚えるような。



　彼は小さく笑った。
　辺りに蔓延る影どもが、ほんのわずかにその色を増したようにも思われた。

男の言葉を、どこか遠く、窓の外を眺めるようにして聞いている。
そうしてゆっくりと視線を移して。

そこまでいって、僅かに身を堅くする。
目の前の男が、どこまでも得体の知れないものであることを思い出したように。

急に微笑む。

「それまで待っていても、だめかい？」と訊かれて。

「縛っているのは」