なにかに呼ばれた気がして振り返る。
廊下が闇に沈んでいる。
空耳だ、と、つぶやいた残響を裏切るように、硬いフィガロの足音が闇の向こうで鳴る。
それにヤールの不可視の刃ががちりと鳴るあの音。

無論、そのどちらも私を呼んではいない。ただその二種類の音は、
否みがたく近しいふたりのものとして強く匂い立つ。

それは呼び声ではない。ただ、答えるには足る啓示には思える。
ヤールとフィガロはそこにいる、ここではない、どこか同じ大廊下のけれど遠くに。
メロディアスとは呼べない断続的な音色が、その存在をおぼろに輪郭づける。

私は引き金を引く——今ここにない二人にも届くことを思いながら。
ハーモニーはない。しかし、鳴り響くものはここにある。

世間知らずだな、ということばにむっと口を尖らせ。

母さんの、という言葉に一瞬視線がゆらぐ。
オルガとその左手の、その間をつなぐ何かを探すように。

なんと返したらよいものかわからない様子で、
ばつがわるそうに目を逸らす。