夕闇も通り過ぎ、通りからは人影が減りつつある時間帯。
すっぽりと頭から全身を灰色のローブで覆い、足早に石畳の上を歩く。

明かりは持たず、時折すれ違う人に怪訝な顔をされつつも、速度を落とすことはなく。
身元は隠せても、むしろ人目は引く姿だ。
ならば顔を覗き込まれないように、すれ違う時間はごく短くするに限る。

そうして進む先は、だんだん薄汚れた建物が並ぶ地区。
あまり大手を振ってやり取りできないものは、人の多さに紛れ込ませられる歓楽街か、逆に人目につかない寂れた場所に行くことは至極当然の成り行きである。
この場合は、後者に該当する。


人間は強い法の統制を引かれた所で、必ずしも従順に従う訳ではない。
むしろ抑圧されたところで闇取引をはじめとして、賄賂や癒着などの不正の温床となることは、現実でも禁酒法などの例に留まらない。
その抑圧されたものが、需要が高いのならばなおさらだ。


廃屋を改装したらしき半地下の建物。
盛り上がった筋肉と、タトゥーが刻まれた二の腕を持つ見張りの二人に、合言葉を伝え奥へと入る。
通された広間には、やはり顔や姿を隠した人物が数人。
すなわち、ネクターの闇取引の参加者、である。
兵士たちの目を避けて、王の徴発を逃れた少量のネクターは、こういった非合法な取引の格好の商品となっている。
本来は関わりあいになりたくない世界の住人ではあるが、一揆で支給される以上のネクターを手に入れる手段は決して多くない。
参加者同士から奪う、犯罪者を捕えて奪う、どちらにせよ血生臭い話は避けられない。
ならば、高額でも取引を利用するのも手だ。


慣れないことをしている、と言う自覚に小さくため息。
だが、お嬢様のためにも、きっとネクターは必要になる。
ＰＳ以外の手持ちとして、いくらまで出せるかを頭の中で再確認しつつ、懐にあるいざと言うときに使いなさいと父親より渡された宝石の入った小袋を手に握り込み。
開幕の時間を待つ。