「死ぬのは怖いか、だと？」

　男は怪訝な表情を浮かべ、私に眉を顰めて見せた。
既に時刻は深夜と言っても良い時間帯なのだが、幸いにして今夜は晴れている。
この大廊下にも窓から月明かりが入り、こうして彼の表情が窺える。
彼の名はグレイナード・F・ノイエン。このメルンテーゼにおける私の協力者だ。
冒険者としての実力はそこそこあるし、頭も悪いとは言えないのだが、短所としては人の話をゆっくり聴かない点が挙げられるだろう。

「…私が聴きたかったのとは少しニュアンスが違うが、まあ良いだろう。
　そうだな、グレン。アンタは死ぬのが怖いかい？」

「いや、現状では怖くないな。」

　改めて問い直した私の言葉にグレンは即答した。
予想通りというべき言葉に思わず笑ってしまう。思えばこの男と最初に出会った時、彼は死の淵に居た。
その死の淵から助けた恩人こそが私なのだが…そのような体験をして尚、未だに冒険者という道を歩む彼は、死というものに恐怖を感じていないのかもしれない。
もっとも、それは彼が特別だという訳ではない。
冒険者という稼業を続ける人間達は危険に慣れ、感覚が麻痺している事も多いものだ。

「アンタらしい回答だよ。だが、世の中の大半…ああ、大半と断言したいが、人間は皆死にたくないと願っている。
　人間だけじゃない。虫や動物もそうだ。寧ろ、人間よりも分かり易いかもしれないな。」

「それで？ また何かの説教か？ お勉強か？」

「…うむ。中々躊躇われる話なのだが、アンタがその調子なら大丈夫だろう。
　私と出会った時のことを覚えているかい？」

「オマエと出会った時？
　確か…4ヶ月くらい前に、前に居た世界の遺跡の中で出会ったんだよな。」

「ああ、遺跡の地下3階層だった。
　私がアンタを発見した際には、モンスター達と相打ちになって倒れていたよ。」

　私は調査官という仕事を持っているが、メルンテーゼのように緊急かつ詳細な調査を要する世界は滅多に無い。
（そうでなければ「ラオルグ」の誰もが調査官にならねばとても手が回らないだろう。）

大抵のケース、世界間を移動する術を公式に持たない世界の調査ではのんびりとその世界に身を置くだけで調査は済む事も多い。
（要はその世界が何らかの形で、私達の世界に影響を与え得る力を持った存在なのかを把握するだけで良い）
よって、そういった世界では、私もまた冒険者という立場を楽しむ事にしている。

　冒険者としての私がその場に居たのは偶然だった。
脳裏に薄暗い地下広場で倒れ付すグレンの姿が思い浮かぶ。

「……あの時のアンタは、正しく死の淵に居ただろうね。
　血に塗れ、意識も無く、私が助け出さねば確実に終っていただろう。」

「……。」

「それを私が助け出したのだが、ここで一つ言い辛い事があるのだ。
　ご存知の通り、私は「ネクロマンシー」と呼ばれる技術を専門にしている。
　即ち、死者に仮初のエネルギーを与え動かす技術だ。」

　ここまで聴いて、私の言わんとする事の内容に予測が付いたのか、彼の表情が歪んだ。

「…このオレをその技術で助けたと言うのか？
　つまり、このオレはあの遺跡内で一度朽ち、今は仮初のエネルギーで動いていると？」

「以前アンタには話したが、今の技術では仮初のエネルギーで死者を永遠に動かす事は出来ない。
　時間が来れば、燃料は切れそこで術は解ける。」

　私の言葉の一つ一つがまるで刃となってその身に食い込んだかのように、彼が青ざめ歯を食いしばっているのが見えた。
グレンは大きな溜息を一つ吐くと口を開いた。

「それで、何時術は切れる？ 今日中か、明日か？
　そんな話をしたって事は、その時が近いんだろう？」

「それを聴いてどうする？ 短い時間の中でアンタを助けられる人間を捜すか？
　それとも親しくなった相手に言い残すことでもあるのかい？」

「いや、まあ美味い飯でも作って食べる時間があればそれで良いんだが。」

「……これから終るというのに、思いつくのはそれだけなのか？」

「オマエさんの話を聴く限り助かる術も無い。
　それにこれから死ぬぜ、なんて周りに言い触らす事でも無い。最後は心穏やかに過ごすよ。」

　彼の言葉に思わず脱力する。
元々、天涯孤独の冒険者で世の中に執着が少ない人間だとは思っていたが。
これでは全く成長の証が見られないではないか。

「は〜〜〜…まったくアンタは駄目な人間だな。駄目駄目だ。
　この世に未練が少なさ過ぎる。そんなんでは、今後必ず失敗するだろうよ。」

「今後も何も、もう終わりだろう。」

「終らんよ。私がアンタを助けたのは確かだがね。
　その際はネクロマンシーの技術は使っていない。
　仮初のエネルギーなど最初から入っていないんだ。」

「……性質の悪い冗談だったのか？」

「性質の悪い冗談で、尚且つ"死"の恐怖を覚えて欲しかったという善意さ。
　押し付けがましいのは自覚しているがね。
　あそこまで脅せば、きっと強がりの上辺だけでない本音が出ると思ったんだ。」

「……。」

「だが、グレイナード、アンタはあまりにも単純だ。単純すぎる。上辺だけ人間か。
　この世の中に、勝負の勝ち負けしか重きを置いていない。
　未練となる何かすら残さない。それは冒険者としては優秀な素質かもしれないが…アンタを不幸にするだろう。」

「今日は…いや今日もまた随分と説教がましいな。
　まったく、お節介な奴は人の人生にまで口出しする、その感覚がオレには理解できない。」

「あの女のエンブリオ…ヒルダと言ったか？
　彼女がアンタをどう見ているのかは断定できないがね。
　アンタという人間は近くで見ていると危なっかしいんだ。
　だから、ついお節介をしてしまうのさ。」

あまり口数が多い方では無いからなと呟いた

耳をよく澄まさなければ聞き取れない程の小声で何かを呟いている

　
　　　　　　言ってなかったかしら・・・と、素直に疑問を浮かべる表情になった。　

　
　　　　　　肩をすくめて、笑顔を作る。
　　　　　　 冒険者の常ではあるのか、もう慣れたと言わんばかりだ。　

小さな溜息を吐いた。