エンブリオに彼らの思い出を書き記すとき。
そっと、わたくしが見聞きした事のない“彼らの物語”が漏れ聞こえてくる事がある。

まるで懺悔室の神父のよう。
メルンテーゼの一揆に於ける主旋律を辿ることはまるでなく、
端っこの方にちらりと書き込まれた落書きを辿っているような、わたくしにはお似合いの役割とも言えるのだろうけど。
しかし、彼らが心に秘めた事柄を読み解くのは“聖人の特権”と言われようとも。
所詮“英雄”とラベル付けされたわたくしでは、時に多少の罪悪感を覚えることはある。

片付けられた物語より蘇ったミラーイメージの人狼。
その片割れを手放すことで、新たなカンバスを拾い上げることが出来る。
この瞬間は、特に。

残酷だろうか。
だが、そういうものかもしれない。
この世界に全てを手に入れる手段など存在しない。
この両腕ですくえるものは数少なく、そこよりこぼれ落ちたものをすくう手段は見当たらない。
戦場の鉄則。敗者に明日は存在しない。
不要なものは零れる。その理念。その規則。

弟は判らない。兄は知っている。
己の信念の為ならば、あらゆるものを敵に回せる彼だけは。



嬉しいという気持ちが無い訳じゃない。
でも、表す手段が見つからないんだ。胸が高鳴るほどの何かを見いだせない。
悲しいという気持ちを抱けない事はない。
だが、涙を流す方法が見いだせない。身を切るほどの悲しさを感じることが出来ない。
おれは確かに狼だろう。人間としては欠陥品だ。
だからこそ、おれにとってあいつは全てなんだ。誰がなんと言おうとも。

思い出に残るのは、何処か拗ねたように呟いた言葉。
彼の見せる最初で最後のはにかんだような笑みは、わたくしへ不平をぶつける弟を窘めるかのように。

人狼にしては酷く小さな身体は、
ノームではなく、まるでドライアド——ヒューゴのカンバスとなっているエンブリオ——の腕に抱かれたかのように、
数多の蔦に包まれて妖精の森の土へと消えていった。



ヒューゴの言葉は、二度と彼へは届かない。
この、激戦地たる王城から遠く離れた森の中、彼の物語は終わりを告げたのだ。

男は、タバコを吹かしながら兵舎を抜けた先の合流地点で他のメンバーが来るのを待っていたようだ。

彼女の正当防衛は過剰防衛である。配下の武装兵に至っては命５人分消し飛ぶ手榴弾で吹き飛ばされたらしい。

自分の事は棚上げに、老貴婦人は御者の方へ声を掛ける。

おおらかに笑い飛ばせば…

瓶に入ったものを味見してみて、