オレの視界にはここ数年間、雨粒の一滴も降っていないのではないかと思わせる罅割れた大地が広がっている。
そして、容赦なく降り付ける太陽の日差しが、何処までもその大地を照らしていた。
此処は王城に至るルートの一つ、通称「枯れた土地」と呼ばれる進路の途上。
平原の戦いにて不覚を取ったオレ達が向かった先が、この不毛の土地である。

「…蟹が居たってことは、こう見えて雨も偶には降っているのだろうな。
　くそっ、暑い、雨は降らないか…？」

「やれやれ、雲ひとつ無い快晴だよ。そんな真っ黒な服を着ているから暑いのさ。」

「オマエにだけは言われたくない…。」

　イシカリに吐く愚痴も心なしか普段より力が無いのが自分でも自覚できる。
モンスターやエンブリオの実力はともあれ、この土地はどうにもオレには不向きのようだ。
今後は出来る限り、森とか水辺を進行ルートに推奨する事にしよう。
オレはそんな決意を密かにした。

「ところでグレン、アンタに聴きたいことがある。」

　呻きながら歩くオレに対し、悠然と宙を舞いながらイシカリは話しかけてきた。

「何だ？ 3サイズなら教えないぜ？」

「……アンタが私のことを仲間に知らせた件についてだ。何故彼らに私の存在を知らせた？」

「会話の流れだよ、流れ。ルプスにもレクシーダにも、エンブリオの事とか、一揆に参加した目的とか聴かれてたしな。
　下手に誤魔化せば不審を招くだろ？」

「…そこまで差し迫っていた訳でもないだろうに。
　少なくとも、私のことを知らせる必要性は低かった筈だぞ？」

　確かに、あのタイミングでイシカリの事を暈す事は可能だっただろう。
数日前、イシカリを仲間達に見せた場面が脳裏を過ぎった。

「良いじゃないか。何時までも隠したままよりも、早めにばらしてしまえば、後の面倒もなくなる。
　隠し事なんてものは、後に伸ばせば伸ばすほど面倒が大きくなるものだろう？ 違うか？」

「……。」

　オレの言葉にイシカリが黙り込む。
元々、イシカリがエンブリオに擬態して自らの正体を隠す事は承知していることだった。
奴の立場、そして役割を考えれば、自分の正体を大っぴらには出来ないのは理解出来る。
しかし、それが出来るのは、あくまで一揆という大きな枠組に対してだ。
常に行動を共にする部隊という単位で、その仲間に対し正体を隠し通すのはほぼ不可能だということは当初から分かっていたことだろう。
それでもイシカリは数日前、オレが仲間にイシカリを見せるまでは、仲間達の前に一度も姿を見せないという徹底した隠匿スタンスを取っていたのだ。
まるで可能な限りは正体どころか、エンブリオとしての姿さえも見せまいとして。

「オマエ、何か隠しているのか？ 正体以上に…部隊のメンバーに隠す必要がある何かを…。」

　オレは視線をイシカリにぶつけ睨み付けた。
秘密があるとしたら、それはオレにとって知っておかねばならない。
隠し事を見逃したままイシカリの為に協力してやるほど、オレはお人好しじゃない。

「…隠していると言えば、隠しているよ。」

　イシカリとオレの視線がぶつかりあった結果、先に折れたのはイシカリだった。
そして、しぶしぶといった感じでイシカリが喋りだす。

「私はな、実は……。実は…人と関わるのも話すのも苦手なんだ。」

「…はぁ？　オマエ、オレと関わって、喋ってるよな？
　しかも、随分と偉そうに。遠慮とか苦手とか全く感じられないんだが…。」

「いや…まあ、アンタはもう慣れたんだ。言っておくとな…。
　私が異世界の調査官なんて仕事してるのも、そこそこ人と関わらずに済む職だってのも大きい理由だ。
　しっかりしたデータさえ送っていれば、人付き合いをせずとも評価もされる。」

　予想しなかった言葉に少し頭の回転が追いつかない。

「アンタと最初に出くわした時も、アンタは半死人で私が助けなければ、そのままくたばってただろ？
　流石に見殺しには出来んので関わったが、そうでもなきゃ、私は関わらんかったよ。」

「……。」

　取り敢えず、イシカリの頭にグーの拳骨が飛んだ。

腕を組み直し軽く片目を閉じて一息つき

トントンと指で腕を叩きながらチラリと周囲に視線を巡らせつつ答えた

軽口に何か言葉を打ち返すのかと思いきや

帰って来たのは曖昧な一言

ヒルダの喉を撫でながらため息をついた

グレンに頭を撫でられたヒルダはくつくつと喉を鳴らし、
じっとグレンを見つめていた。

なにか言いたげな様子をふと見せたがそれはすぐに消え失せ…

にへっと笑ってグレンを見ている

グレンに近寄り、グレンの頭と胸を指差す

グレンに更に近寄り、グレンの顔を凝視する

にやりと笑って軽くぽんとグレンの肩を叩いた。

夜遅くにグレンの元へヒルダがやってきた。
ルプスの姿はない。ヒルダ単体でのようだ

グレンの側にちょこんと座ると、くつくつと喉を鳴らし

何処かで聞いた事のある女の声がエンブリオの口から紡がれる

そうだろう。
貴方から見ればどれだけ私は矮小な存在だっただろう。

ああ、でも私にはそれしか無かった。
これまでの様に、呼ばれた世界で役目を果たすしか無かった。

そう。
それだけが私にとっての希望だった。
何時か終わる絶望を受け入れる事、それだけが。

それなのに———

そうだ、それで終わる筈だ。
それなのに———

どうして私はこんなにも悔しいんだろう。
こんなにも、この世界で何かを残したいんだろう……。

悔しくて、だから私は手の中の装飾品を握り締めて言う。
今だけは、そこから力がもらえる気がするから。