ENo.9 ツィエルアーシャ・エロ＝サヴァーレン

「突然目の前が暗くなったと思ったら目の前に美女！やったね俺の人生始まったんじゃね！？」

…　…　…　…

『噂で聞いたんだけど、貴女この世界の囚われ人ではないって本当かしら。
　本当ならばちょっと届け物お願いしたんだけどいい？
　背丈これくらいの、私に激似で超らぶりーな黒狐の男の娘……あ、弟なんだけどね？みずきって言うのよ。
　もうホント物凄く可愛いんだから〜』

『……って初対面相手にノロケてる場合じゃなかったわね。そのみずきって狐に届けてもらえないかしら。
　私からのメッセージカードも添えてあるから勘違いも無い筈なのでヨロシク☆ミ』

チョコを押し付けてきた化け狐…狐獣人？はそう言った。
どこの世界に居るのかとかまったく解らないのだが、メッセージカードに魔力を注いでみると届け先がわかった。

セルフォリーフ。

ハロウィンか何かの時、手違いでアンジニティにきたお菓子の届け先がそれだった気がする。
そういえば通っているコミュニティにもどういう事なのかその世界の住人が来ていた。

「世界を繋ぐのは簡単じゃ、あるんだけど…」

この世界。割と特別な面白い世界なのだ。
アンジニティは『追放先』又は『流刑地』或いは『ゴミ箱』。

あらゆる世界と『繋げることができる』という稀有な世界、だったりする。

「行くより『渡しに行く』までが難問のような気がするんだよなぁ……」

ここで生まれた存在ならばまだしも私は追放された身だ。
管理番号だか囚人番号みたいなもので情報の共有が為されていたら、あっという間に再追放だろう。
ならどうするか。

簡単だ、『セルフォリーフ』をアンジニティまで持ってくればいい。

私が確認した限り『世界間通信』という能力…或いは道具、或いは権利を持っていれば―――
少なくともセルフォリーフからアンジニティ、アンジニティからセルフォリーフへの声が届く。
その能力を持ったセルフォリーフの存在をこっちに呼んで後は託してしまえ。

「人選ミスは許されないよね…まあ何度かやってみればいいでしょ」

部屋に結界を張り、その上でメッセージカードを媒体に魔力の触手を伸ばす。
何の迷いもなくセルフォリーフへと伸びていくそれは大抵の魔力は世界の壁に弾かれて消滅した。
すんなりと入り込んでいったいくつかは世界間通信をもった『異世界の声を聞ける存在』に届くだろう。

道具、或いは機械で可能にしている者はとりあえずやめておこう。物体だけが来たら困る。
魔力や妖力……も魔道具や呪具だけが来そうだから……力＋生命反応を頼りにしてみるか。

「……　…………」

見つけた。霧化させた魔力で対象を押し包み『こっち側』へ引き摺りこむ。

その結果がこれだよ！！

「無言プラスすっげえ冷たい目なんてゾクゾクしちゃうッ！！いやすみません一言でいいんで声かけてくださいお願いしますお願いしますちょっとこの沈黙は耐えらんない！」

着ぐるみの熊の頭がものすごい勢いで話している。生命反応があったから生き物なんだろう、けど。
健康優良児がウリの私でも物凄まじい頭痛がした。無言で右手を掲げ送還用の魔力を練り始める。

「ちょっとちょっとキレーなお姉さんそれはないんじゃないかな！？せめて説明を求めたってバチは当たらないと思うんですよ強制送還はもうちょっと待ってぇえええ！！」

　　　　　　「――――！」

本気で驚いた。この熊頭には魔力の指向性が解るらしい。
反呪で魔力を霧散させ改めて向き直る。
相手をまじまじと観察し―――てもやっぱり熊頭だ。

　　　　　　「あー…………」

「うわぁいコイツくっそ面倒くせえなって顔！コイツに名乗るのヤダなーって雰囲気！！でもその胡乱気な顔も良いなって思っちゃう僕はクマヘッドです！！！！」

　　　　　　「クマヘッド……？あぁぁー…うん、私はツィエルアーシャ・エロ＝サヴァーレン、だ」

「ひゃっほい眼鏡巨乳美女の名前ゲッツ！！高貴さを感じる素晴らしいお名前ですがなんとお呼びすればよろしいでしょうか女王様ッ！」

　　　　　　「魔女で」

「やったーどこまでもつれない感じが素敵でございます！ところで私めに何の御用でございましょうか！」

おい、今帰そうとしてたの見てたんじゃないのか。
腕を組み、片手を上げて首を振る。

　　　　　　「いや、帰っていい。用もないのに呼んで悪かったね」

「この厄介払い感！安定の扱い！でも腕に押し上げられたナイスなバストが眼福過ぎて気にならないッ！」

「あのホント私めで良ければなんなりとお申し付け下さい魔女様ッ！！」

　　　　　　「うーん……じゃあ、届け物を頼んでもいいかな」

「宅配ですね！全身全霊をかけて努めさせて頂きます！！なのでご褒美プリーズしてもよろしいでしょうかッ！」

　　　　　　「ご褒美だと引っかかるものがあるな…報酬を貰うのは正当な権利ではあるけど」

私が託されたチョコレートはこの世界の法則に縛られない物質だ。荷物のように圧迫するようなものではない。
だからこそ直接手渡ししてしまえば世界くらい超えられるのだが、報酬にできそうなものはそうも行かない。
パワーストーン、材料、食材、装備…それらはしっかりとこの世界に縛られている。

　　　　　　「生憎と金も材料もそっちには持ち帰れないと思うんだけど、どうかな？」

「そんな即物的なものよりもっといいものをですね！いただきたいのですが！」

私が首を傾げるより早くクマヘッドは土下座、のような体勢になった。
アンジニティではありがち（？）な『体で払え』みたいなことではないらしい。
ないらしいがこう、嫌な予感がする。

「全力でッ！私めをッッ！
踏んで！
　　下さいッ！！！！！」

たいへんだー。
へんたいだー。

　　　　　　「………それでいいなら……別に……」

「マジで！？やったさすがアンジニティのお方！！魔女様ありがとうございます！さあ！さあ！！」

　　　　　　「アンジニティにお前みたいなのが居なくてよかったと心の底から思うよ」

「我々の業界では褒め言葉ですッ！そしてご褒美ですッッッ！！！」

　　　　　　「そうか……」

ゴガッ。

嫌悪より何より、哀れみを込めた一撃を脳天に食らわせた。
ピンヒールもどきの一撃はさぞ痛かっただろう。

腰布がひらりとはためき、次の瞬間には嬉しそうに痙攣するクマヘッドが地面に崩れ落ちていた。
なぜだろう。表情が変わらないはずのそれは、とても幸せそうな顔だった。

「俺ちょっと死んでもいい気がしてきた……この気持ちよさ、この痛み、紛れも無い現実……」

　　　　　　「……とりあえずチョコは渡しておいてね。名前は『みずき』、黒い狐で男の娘だから」

丁寧に袋に包み、クマヘッドの腕にチョコを握らせる。今度こそ送還の魔力を発動させた。
こうして誰にも邪魔されること無く、近年稀に見るド変態はセルフォリーフへと強制送還されたのであった。

◆　◆　◆　◆

「えっと、その、ジュコといっしょに作ってみたの。が、頑張ったんだよっ」
「おお、可愛いじゃないか。ありがとう」

部屋に戻った私を出迎えたのは手作りの雰囲気漂うラッピング。
恐らくジュコが気を利かせたのだろう、比較的簡単な生チョコやブラウニーが入っている。
型抜きされたそれらは充分に美味しそうだ。

「…………」

キラキラした瞳を向けてくるエミル。言うのは気が引けるが言いたくて堪らない顔だ。
思わずくすりと笑い、意地悪く質問してみる。

「で、今食べてもいいのかな？」
「い、いいですよっ！どうぞっ」

この、パァァみたいな仔犬のような笑顔。
まったく…こんな良い子なのになぜアンジニティなんかに来てしまったのやら。

綺麗なリボンをほどき透明な袋を開けた。
ふわりと漂う香りは上品な甘さを含んでいる。
アンジニティに存在しているか怪しいレベルの高級チョコを使っているはずだ。

「それじゃ、頂きます」
「召し上がれっ！」

ハートの形に抜かれたブラウニー。柔らかく崩れ、口の中でとろけていく。
子供むけを意識したのか甘味が強いが気にならない。
ごく、と喉を鳴らすと安堵したようなエミルの顔が見えた。

「どどどっ、どうですか！？」

わざとゆっくり、時間をかけて唇を舐める。
舌先を視線で追うエミルはなんだか猫のようだった。

「美味しいよ、すごくね。上手じゃないか」
「よかった…むぎゅ」
「自分でも食べると良い。ほらほら」

細長いブラウニーを開いた口に軽く押し込む。
生真面目な気のあるエミルのことだ、味見はまさに『ほんの味見』だったに違いないんだから。

ほら。食べながら顔が半トロに。

「おぃひ…………ん………む」
「うんうん。甘いものはまず子供に食べさせないとね」
「ぁ…んぐっ…ありがとうございます…」
「だぁーかーらー、お礼は要らないってば」

生意気な餓鬼なら制裁が義務だが、エミルは誰より可愛い子供だ。
親バカ？そうだとも。だから異論は認めない。

2人並んで、後から突進してきたジュコも入れてゆっくりチョコ菓子を食べた。
エミルをアンジニティに落としたクソ野郎に、ほんの少しだけ、感謝した。

チョコトリュフを摘んだ後の指を舐めているとエミルも恐る恐る舐める。
お上品に布巾で拭くことを強制されていたのかも知れない。
もっと自由にすればいいのだ。なんたってここはアンジニティ。
イイコちゃんほど苦労する世界の、最たる例なんだから。

「こんにちわ。本家の子から言われてチョコレート持ってきました。　これでいいですか？　チョコはなんでもいいって言われたんで、チョコバナナサンドです。　あ、多分古くは無いと思いますよ。」

既に3つのチョコを私は持っていた。それでも受け取らなければならないと、手を伸ばす。

「もぐぁッ！！」

打ち上がったチョコバナナは金髪の少女の口にクリティカルヒットした。
べたりと口の周りを汚れが覆いバナナが喉の奥に直撃する。
まことに申し訳なかった。