ENo.44 黒鷺天地

バレンタインからうん十日…、気がつく頃にはこの時がやってきた。そう…、ホワイトデーである。
その昔、日本でバレンタインデーが定着するに従って、お菓子業界ではバレンタインデーのチョコレートのお返しをする日を作るのはどうかという案が出された。これを受けて昭和40年代以降、それぞれ独自の日を定めてはビスケットやキャンディ等を「お返しの贈り物」として宣伝販売をするようになった。
全飴協は昭和55年からホワイトデーをスタート。3月14日にした理由は【西暦269年2月14日、兵士の自由結婚禁止政策に背いて結婚しようとした男女を救うためにウァレンティヌス司祭は殉教したが、その1ヶ月後の3月14日、その2人が改めて永遠の愛を誓い合ったことに由来する】としているそうな。
近年デパートなどでは食品以外の贈り物などの販売促進も行われていて、お菓子業界では駅やデパートでの手焼きクッキーなどの販売も売り上げが上昇。
とまぁ…、大体はお菓子にはお菓子を返すというものが一般的ではある。しかし何処ぞの女性誌ではバレンタインデーのお返しは3倍にして返すのが礼儀という勝手なルールが言及されている。
確かに手作りチョコを渡したのであれば、それ相当のお返しがあってもいいかもしれない。しかしそのお返しをどんな風に形にするかはその人の思い次第であり、チョコを渡したから倍のものが得られるとは限らない。
まぁ…、最近ではそういうこともなく普通にお菓子を渡す人も多い。中には彼女の好きな菓子を手作りする男性も出てきたらしく、女性週間誌【ローゼンタール】ではお返しにほしいものランキングの中にも手作りのお菓子が昨年同様上位をキープしている。
手作りのお返しに手作りをプレゼントされるのは、一生懸命チョコを作った女性にとってもきっと嬉しいものである。

「う〜ん……」

ホワイトデー前日。俺は未だにホワイトデーのお返しをどうするか考えていた。
ホワイトデーのお返しとなると、いざ考えてみると結構悩むものである。ユフィが身体をはって（裸リボン的な意味で）チョコレートをくれたのだからこちらもそれ相当の…、と言っても俺は普通に返す。いや、俺はあんな風に身体はるのは無理だぞ？言ってしまえば男の裸リボンは誰が得をするのか。…とかこれを言ったら先輩に数時間何かを叩き込まれそうで怖い。
とにかく…、俺もお返しのものをどうするか考えよう。もうホワイトデーまで時間は限られている…。ちなみに現在ユフィは買い物に行っていて、今日の晩御飯はハンバーグの予定。

「女子がお菓子をもらえる人と聞いて……」
「……それは明日だよエグレッタ。ついでに言うといつの間に俺の上に乗っていた？」
「感触は…、お姉ちゃんのものと近いかもしれない……」
「確かにユフィの脚もいい脚してｒ、って馬鹿！」

いつの間にか二階から降りてきたエグレッタ。気がつく頃には俺の肩の上に乗っていて、こちらの側頭部には確かな温もりとやわらかさが感じられる。
特にこちらの肩には重さは感じられない…、アバターともととなる人間は互いに身体の一部のようなつながりがあるらしく、こうしてエグレッタが上に乗ろうが負担がかかることはない。

「ホワイトデー…、何にするかで、迷ってる…？」
「だねぇ…、考えてみるとこれがまた悩むよ。手作りというのもありなんだけど、何がいいかなぁ…。あまりそんなにお菓子作れるほど俺は料理うまくないしなぁ…」
「お兄ちゃん…、教えてもらったの…忘れてる？高校二年の頃に、教えてもらったもの……」
「高校二年…、そういえば何か教えてもらっていたような……」

今になって思い出した、おそらくエグレッタの今の言葉がなければ思い出せずのままだったかもしれない。実体化の時にこちらの記憶が流れてよかった…、まぁ…流れないほうがよかった記憶もあるけど。
とりあえず俺は、あの頃なにを教えてもらったかをさらに思い出すべくエグレッタに聞いてみる。

「お兄ちゃんが教えてもらったもの…、チーズケーキのレシピ」
「チーズケーキ…、あぁ思い出した！確かに昔ノートにメモしてたような…、あぁっ！？…そういえば昔のノート、もう処分しちゃったんだっけ……」
「お部屋の掃除の時に、処分済み…。でも…あの時のレシピの内容…、まだ記憶が残ってる……」
「そうか…、まだ記憶が残ってるんだねっ。なら話ははやい…、エグレッタ、その記憶をもとに俺に作り方を教えてくれないか？」

こうしてエグレッタの中にある俺の記憶をもとにチーズケーキ作りが始まった。材料は家に全て揃っているため、買いに行く必要もなくすぐに作り始められる。
エグレッタは料理で大切なのは味・センス・スピードと、何処かで聞き覚えのある言葉を口にして、みっちりと教え込む。当のこちらは結構大変である…、結構ハードだなぁ。
エグレッタ曰く『今のボクは鬼のチーズケーキ教官だ』とか。あのー、一応レシピを教えてくれたのは誠司なんだけど？…まぁ、忘れていたこっちが悪いのは事実なんだけど。
ちなみに、教えてもらったチーズケーキの作り方は…比較的短い時間でかつ少ない材料で美味しくできるチーズケーキの作り方で、覚えてしまえば誰でも簡単に作れる上アレンジもしやすく、味も抜群。当時、誠司が作ったものを食べさせてもらったが本当に美味しかった。この味が、この材料とレシピだけで本当に作れてしまうのか…と考えると、ちょっとドキドキする。これならケーキ作りをこれまでしたことのない俺でも作れるし、プレゼントやパーティで出すものとしても最適かもしれない。
しかし本来そこまでスピーディーな作業をしなくても作れるであろう作業工程のはずが、エグレッタの前では一部の作業は通常よりもはやめに行わなければならないという恐ろしさ。この教官、実にユフィ閣下よりも恐ろしい…。

「お兄ちゃん、混ぜるペースが落ちてるっ…。はりーあっぷ…」
「えー、これでも結構はやくやってるほうじゃ―」
「やれないことは、ない…。お姉ちゃんが帰ってくるまでの間に、ぱぱっと仕上げる…。お兄ちゃん、はりーあっぷ…」

これ以上もっとはやくと申しますか鬼教官！これじゃある種の拷問だZO！？
そして俺は彼女の言うようによりペースをあげて混ぜる作業。しっかりと材料が混ざれば次は生地を型に流し込み、気泡をつぶしていく。焦げないように大体四十分から五十分程度オーブンで焼き上げる。ちなみに今回はプレゼントに最適な小さめの型で焼いている。

「ふぅ…これで後は、焼きあがったらしっかり熱を取ってラップに包んで冷蔵庫で一晩…だよねっ」
「安心するのは、まだはやい…。お姉ちゃんに見つかるべからず…、せっかくのプレゼント……」
「まぁ…、確かにせっかくのプレゼントだしねぇ」
「お姉ちゃんが帰ってくるのは、冷蔵庫で冷やし始めてすぐだと思う。とりあえず、バレないように僕もなんとか動いてみる。お姉ちゃんが冷蔵庫に触れたり、中を見ることが少なくなるようにする……」
「よろしく頼むよ、エグレッタ」
「まかせろお兄ちゃん…、今からボクは、鬼のチーズケーキキーパーだ」
「何故にそこでまた鬼がつくかなぁ……」

それからユフィが帰宅した後は、エグレッタがユフィの手伝いを積極的に行っていた。もちろんユフィには冷蔵庫の中のチーズケーキがバレないようにと、エグレッタは野菜室以外は積極的にエグレッタが開け閉めをするようにしていた。最初はユフィが、何かあるのかと疑っていたが…何とかチーズケーキは見られていないようだ。結構危うかったかもしれないが、無事に難関突破のようだ。チーズケーキキーパーさまさまである…、ぐっじょぶエグレッタ。

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ホワイトデー当日…、今日はいつにも増していい天気である。
チーズケーキも無事に出来上がった…、後はユフィにこれを渡せばよしっ。ちょうどユフィがリビングに戻ってきた時だろうか。
今日も鬼のチーズケーキキーパーはちゃんと冷蔵庫をガードしてくれていたようだ…、エグレッタもいい仕事をしてくれる。さて…、ユフィも今は洗濯ものを干している頃だ…、その間にチーズケーキを冷蔵庫から出して…っと。

「…あれ？確かここに入れたはずだよね？」

おかしい…、確かに俺はここにチーズケーキを入れて一晩冷やしていたはずだ。エグレッタが別の場所に移動したのか…？たぶんそのはずだろう、ちょうど渡すタイミングまで残り数分だ。
俺は一度スフィアに戻ったエグレッタを、再び目の前に呼び出してみる。彼女がチーズケーキを一体何処に移動したのか、こっちもまだ知らないので直接聞いてみる。呼び出したエグレッタはどうも先ほどは違い、なんだか顔が真っ青である。おまけにものっそいぶるぶる震えている。…何があったし。

「…………」
「ど…、どしたん？」
「不覚だった…、ボクとしたことが…不覚だった…、チーズケーキキーパー免許剥奪確定だ……」
「どういう免許だよそれは、ってそれよりチーズケーキ。何処に移動したんだい？」
「なかった……、あの時、冷蔵庫を見た時には……」
「はいいいいいいいいっ！？」

ここでまさかの緊急事態である。エグレッタはスフィアに戻る前までは平然を装っていたが、実際にはとんでもないことが起きていた。彼女が冷蔵庫を確認した時にはもう、冷蔵庫にはないというのだ。
肝心のエグレッタは顔真っ青のままで震えている。チーズケーキキーパアアアアア！！！

「どうしたんですか、二人とも」
「「――ッ！？」」

来ちゃったよ！？ここで肝心のユフィ閣下来ちゃったよ！？
それにしても家事の速度が本当にはやいよ…、俺が遅いだけなのだと思うけど。
ユフィがこっちに来れば、俺もエグレッタも一粒の妙な汗を流す…。

「えっ…いや…、そういえばもう牛乳ないかなぁ…と思って……」
「あっ…そういえば昨日のお買い物で買うのを忘れてましたっ」
「そっか…、それじゃあ昼食の後にでも商店街に行ってくるよっ」
「詰め替え用のシャンプーも買い忘れていたので、それもお願いしていいですか？」
「おｋ…、まぁ…とりあえずまずは飯にしようかっ」
「そうですね…、今日はもう一つ楽しみもありますし」

…えっ？……食後の、楽しみ？
ユフィは冷蔵庫をあけると、中から小さな丸いタッパーを出す。それをパカッと開き、中のものを出した。
その時である…、俺とエグレッタに更なる衝撃が走った瞬間は。タッパーに入っていたもの、それは俺が昨晩ユフィにばれないようにと作っていたチーズケーキ…、今渡していたはずのあのチーズケーキだったっ。

「（何…だとッ！？エグレッタ、あれどういうことだい！？）」
「（ボクに聞かれても…困る……。ボクだって、あの中身は知らなかった……。それに調べる余裕も、たぶんなかった……）」
「うふふ…、二人とももういいですよっ。今日の為にこれを作ってくれたんですよね？二人とも考えることが似ていると言うか何と言うか、昨日のエグレッタちゃんの行動は普通に考えれば何かあるってバレバレですよ？」
「「……ですよねぇ」」