ENo.44 黒鷺天地

―――――――――――――――――――――――――――――――――

〜ブロッサム編・第一章〜

―――――――――――――――――――――――――――――――――

有野市内のとある街に、医療関係の研究施設がある。その施設では有野市内の各病院の患者の治療の引き受けも積極的に行っており、ここで治療を受ける患者も少なくはなかった。正式な病院という訳ではないものの、この施設での治療も認められている。
しかし…、それはあくまでも表に出している一部分に過ぎない。表向きが医療関係であるものの、裏ではある研究が進められている。
これまで倒されてきた異型の獣の死骸の一部を回収し、施設の地下では研究が行われている。奇跡的に入手した上質なものは解剖や血液・細胞の採取、実験などが行われ、回収したこれらのものをもとに、生体兵器の開発が行われていた。当然このようなことは認められてはおらず、これが公になれば重罪に問われる可能性もある。
こうして外部に漏れることなくこの研究が続けられてきたのも投資者たちの権力によって守られているからであり、一部の投資者は完成した生物兵器を高額で買いたいというものまでいた。
施設に預けられた患者の一部が行方不明になるという噂も近年になって騒がれてきたが、施設側は全員無事に完治し、元の生活をおくっていると各メディアにて公言している。当然これも偽りの事実であり、患者の関係者達の殆どは一度拉致された後に催眠治療を受け、偽りの事実が植えつけられた上で元の生活に戻される。中には肉親であったはずの存在のことを最初からいなかったことにされた者も少なくはない。
一部の患者…、特に実験には欠かせない有能な人間が地下に送られ、数々の実験の材料とされている。そしてその実験でなくなった人間の数も、事実少なくはない。成功した試作品もまた次の実験ではあっけなく死を迎えるというケースも度々確認され、幾度と改良を重ねてきた。

「よし…、それでは開始しよう。ゲート開放……」

研究員がガラス越しに監視するその先には、一人の少女。数日前にこの施設に搬送され、治療を受けていた。彼女は新たな手術が必要になったと言う偽りを信じ、この地下へとやってきてしまった。少女の肉体には新たに開発された新型の細胞が注射され、外見上では特に変化が見えないものの、細胞は全て打ち込まれた細胞と同質のものへと変化している。
ゲートが開けばそこにいるの肌色が大きく変化した複数の男達、研究員曰く失敗作と呼ばれる者。数々の実験で開発された獣の細胞を彼らに打ち込んだことでこのように変化した。既にかつての自我など彼らにはない…、あるのはただ本能のみ。
男は一斉に動き出せば、目の前の少女を囲む。そして一人一人が目に映るその白い身体をただ己の本能のままに弄び始めた。

「今度こそうまくいけばいいのだが…。まぁ…、今回手に入った獣はこれまでのものよりだいぶいいものだよっ。女性型の獣の細胞構造は、どうも人間のものとよく似ている…。それを基に作り出した新型の細胞も、思った以上に彼女の身体に綺麗にまわってくれたものだ。肌の変化はないようにも見えるが、血液も確かに変化している」
「しかし、これで無事に成功するのでしょうか…？彼女はこれといって何一つ表情にも変化はありませんし、まだほとんど自ら動きを見せていませんよ」
「彼女もまた、もとは人間。本来持っている本能が開花すれば、自らアクションを始めるだろう…」
「だといいのですが…、――ッ！？実験体一号から四号、倒れました！」
「始まったか……」

突如、次々と失敗作と呼ばれし男達が倒れていく。倒れていった者たちは皆、先ほどとは違って身体が大きく干からびている状態であり、既に死亡している。
一方、先ほどまで何一つ動くことも表情も変えることもなかった少女は、自ら一人一人に対して接触を行う。そして吸い尽くせるものはただ吸い尽くすのみ…、彼らの精気を一滴たりとも残さずに……。
彼女の身体からは次第に紅いオーラが強まっていく…、研究員が測定するも次第にそれは測定不可の領域にまで達していた。

「本当に、成功した…！？…しかしこれは不味いですよ。このままだと彼女、さらに強大な力を―」
「構わん…、続行だっ……」
「えっ……！？」
「彼女にはより力をつけてもらわなければ、有能な兵器にはならんだろう……？」

今もなお次々と男達は倒れ続ける。彼女によって自らの身体の精気の全てを吸い取られ、一人一人がまた死んでいく…。数十人規模の男達の数は、三十分で半数以上が倒れる。少女には今もなお余裕の表情を見せている。
少女はゆっくりと口を開き、声を聞いているであろう研究員達にこう告げた…。

「ねぇ…、聞こえてるんでしょう…？もっと美味しい子、いないの……？こんなんじゃ……、物足りないよっ……？」

―――――――――――――――――――――――――――――――――

セルフォリーフでの戦いによって、その甲斐あってか俺達の世界に降りてくる獣の数も随分と減った。
これまでは恐ろしいペースで大多数が出現してきたが、今となってはその数は大きく減少し、フォーススーツ部隊のみでも対処できるレベルに止まっている。
しかしセルフォリーフの敵が強くなるにつれ、やはり異型の獣の強さにも変化は出ていることは事実であり、現在もなおフォーススーツの改良は頻繁に行われるようになった。姉さんも仕事量がよりハードになって泣きたくなるとよくメールを送りつけてくる…、南無ッ。
今日は久しぶりにヴィトン博士の研究所へと足を運ぶ。博士が新しいゲッコウブレードが完成したという連絡をくれたので、俺はそれを取りにやって来たのだ。
使い続けていくうちに今のゲッコウブレードも刃が大きく欠けてしまっている。おそらくこの先使っているうちに完全に折れるだろう。これまでタキオンの光によってある程度はカバーしてきたが、肝心の剣はもう限界が近い。
そこで俺は今回ヴィトン博士に新しいゲッコウブレードの開発を頼んだのだ。
今回はエグレッタが以前提示したツインドライヴ式のゲッコウブレードの設計図を基に改良を重ねて完成させたらしく、エグレッタもその設計に関しては太鼓判を押していた。

「これが完成した新型ゲッコウブレード…、Mk-2じゃよ」
「設計図は一度見たけど以前のものよりも厚さは抑え目ですね…、それに決闘着なしで持っても思った以上に軽い……」

完成したゲッコウブレードMk-2を手にしてみると、思った以上の軽さなのだ。ツインドライブも軽量化しつつも従来より機能が向上しており、これまで以上にタキオンの流れが向上するとしていた。
ゲッコウブレードを置けば博士はゲッコウブレードにコードを巻きつけ、俺の手にもコードを持たせた。博士曰く、この状態で決闘着を解放すれば面白いものが見れるらしい。俺は試しに、スフィアの力を解き放ち、決闘着を身にまとった。全身を血の流れのように自然と蒼きタキオンが流れていく。そしてそのタキオンの流れは手にしているコードにも流れ、それはコードの巻かれたゲッコウブレードへ。
ゲッコウブレードの中のゲッコウドライブが起動し、タキオンの流れはより活性化されていく。それもこれまで以上の活性化ぶりである。そして…ここで驚くべき光景が俺の目に確かに映ったのだ。

「おぉ…、浮いてる……」
「反重力の発生に関しても出力が向上しておる。コントロール次第では、理論上これに乗って飛ぶということも出来なくはない」
「剣の上に乗って飛ぶって、どっかで見たことあるような何かだけどさ…、まぁ…確かにありっちゃありかなぁ……。あっ…ヴィトン博士、こっちのMk-1のほうも出来れば修理を……」
「大丈夫じゃ、問題ない。万一の時に備えて修理もしておくとしよう。それにしても随分と使い込まれておるのぉ…、見事に刃もかけておる」
「お忙しい中、お手数かけます」
「なぁに、今は彼女のおかげで助かっておるのもわかっておるじゃろう？新たな種類の獣にあわせてすぐに改良案が出る彼女のセンスには正直脱帽じゃ。ワシもそろそろフォーススーツ開発から手を引く時が来たのかもしれん……」

博士も姉さんのことをとてもよく認めてくれているようだ。この先、自分の跡を継いでくれるであろう存在として今も一目置いている。
博士曰く、もとの生活に戻ったらまたゆっくりと地味なものでも発明してるとか。…これまで博士が趣味で作ったもの、全然地味には思えないんだけどなぁ……。あのスクーターも博士が自分で改良してバッテリーだけで動くようにしてるし、消費電力を抑えながらも効率よく走れるように独自に調整しちゃってるし。充電方法も最近の電気自動車とほとんどおんなじでコンセント充電だし。サイズが小さい分、充電完了までの時間もこれのほうがはやい。誠司も言ってたよ、このスクーターもう普通に売り出せよって！

「天地くん…、一つ協力してほしいことがあるのじゃが、構わないかね？」
「えぇ…、俺でよければ…出来る範囲で」
「うむ……、実は最近になってか、異型の獣に対する戦力らしき者がこの街に姿を見せた……」

新しい戦力か…、それならこの街には大きなプラスではないだろうか？
頼みというのも、出来る限りその戦力のサポートをするなり、力をあわせてほしいということかな？っと…、最初は思っていた……。
しかし……。

「じゃが…、その存在たる彼女は……、何か妙なものを感じる」
「妙なもの……」
「これを見てほしい…。彼女から漂うこのオーラ…、見覚えがあるとは思わんかね？」

博士はノートPC上で、現場で撮影されたその時の映像を俺に見せる。彼女の身体から発せられる紅いオーラ…、その紅いオーラは確かに見覚えがあった。俺が昨日戦った女性型の異型の獣…、Γ型の亜種とほとんど共通している。そして自身の身に宿る強力な魔力を使って遠距離からの攻撃を仕掛けてきた。あれにはユフィも対処するのに苦労させられていたのは覚えている。
映像に映る女性は、自らの魔力を剣状にして武器にしている。そして距離の離れた相手には、Γ型と同じ遠距離から魔力を放ち、敵を一掃している。
また他に似た部分があるとするならば、彼女が常に身体が浮遊しているということだ。Γ型もその場に浮遊した状態でいることが多く、それを活かしての彼女の軽い身のこなしも似た部分が伺えた。

「信じたくはないが…、彼女はΓ型との共通部分も多い。彼女について、可能な限りの調査をお願いしたい。もちろん…、このことは外部にはなるべく出さないよう、お願いしたい。既にフォーススーツ部隊にも、調査を頼んでおる」
「確かにΓ型とは似ている部分があるけれど、何故彼女を？」
「単刀直入に言おう…、彼女が違法に生み出された生体兵器の可能性があるからじゃ……」
「生体…兵器……」

博士の口から出た思わぬ言葉…、生体兵器という言葉。
俺はその言葉の真実を、後に知ることになる。