ENo.2643 グレイナード・F・ノイエン

　鬱蒼と茂る木々が山道から眺め見下ろせた。
この山道を越えた先は大森林だと聞き及んでおり、それなりに覚悟していた心算だが、実際にその様を目の辺りにすると多少げんなりするのは否めない。
大森林の先には深い山々が連なっている。流石に休みをいれずにそれらを走破するのは無理が有るだろう。
オレは今まで、慎重に危険な山道や森林を避けてここまで来たのだが、どうやらこの先はそんな小細工は通用しないらしい。

　ちらり…気付かれないように背後に視線をやる。
オレの後方、少し離れたところを淡々とした歩調で歩いている女の姿が見えた。
あれがこの難所を抜けるべく、オレが手を組んだ相手だ。『菅原レクシーダ』
タルタスの街より、何かの情報源になるかと（獣人独自の情報網を期待した）目を付けていた女だ。
もっとも、純粋の獣人という訳でもないらしく、当初見込んだ期待は外れたのだが…。
当初期待した獣人というカテゴリーの一人としてではなく、菅原レクシーダという個人として、このオレが避けた山道や森林を潜り抜け…。
山道や森林に生息するモンスターどもの情報を間接的ながら与えてくれたのは意外だった。
そして、まさか…この難所を越えるべく手を組むことになろうとは、まさかオレも予想しなかった事である。
つくづく人生の先とは読めぬものだ。

　このオレがこの世界に来た大本の理由は、PTを組んだメンバーとの齟齬、そして失敗の責任を押し付けられた為である。
ま、確かに仕事自体は失敗に終わり、元の世界では多大な被害が生じたようだ。その責任を逃れる心算は無い。
気に喰わないのは、オレ一人が『失敗者』のレッテルを貼られたことだ。
同時に、口封じの為だろう、組織が請けた仕事の内、失敗した幾つかの仕事の責任までオレの責任という事になったらしい。
そうしてオレはめでたくアンジニティ送りとなったという訳だ。
オレが奴らから学んだことは『不要になったゴミは棄てろ』という人間社会の素晴らしい掟だけである。

　そんなオレが誰か他人と手を組むことを避け続けたのは当然と言って良いだろう。
元々他人との衝突をし易い性格だと言うのは自分でも承知していることだ。
それでも、多人数だからこそ出来る事は有る、意見とは異なって当然だという思いがあったから、他人と手を組むことも良しとしていたが…。
それも馬鹿馬鹿しい、厄介事を負うだけだの物だと半ば見切りを付けたのだ。

　しかし、オレは自殺行為を好むわけではない。
避けられぬ難所を前に、アンジニティで初めてオレは他人と手を組む事にした。
その際、付近に見知ったレクシーダが居たのは、幸運と呼んで差し支えない表現だと言える。
それまでの印象として、多分に彼女から善良性を感じていたからだ。（その見込みがずれてない事を祈る。）
善良である事と人の強さに関連性は無く、この先で彼女がもしかしたら足手纏いになるかもしれない。
その危惧は有ったが、信頼の欠片も持てない相手と組むよりは遥かにマシである。

　再び背後を見れば、山道だというのに歩調を落とさず、このオレに付いて来るレクシーダの姿が見えた。
あの調子なら足手纏いにはなるまい。