「海すごかったー！」 「そりゃよかった……けど、あぶねーってわかったべ？」 はじめての海底探索を終えて一度拠点にしている宿へ戻ってくると、今だ興奮冷めやらぬティオはベッドに座り膝の 上にのせている枕をばふばふと両手で叩きながら目をキラキラとさせている。 そんな少女の姿をひとつだけある椅子に座って頬杖をついたままで見つめるギルの顔はなんというか冴えない顔だ。 それもその筈で、案の定探索中によくわからない海の怪物に襲われた。幸い、そこまで脅威はなかったから迷子が縁 で知り合った二人と協力して撃退するのにそこまで苦労はしなかったのだが。 「でも、とっちゃ守ってくれたじゃん！」 「そらそうだ。でもな、俺ぁお前だけ守ってられなくなっちまった時が心配なんだ」 「とっちゃ、海では強いんじゃないの？」 すっかり自分を頼りにしているフィオにギルはやれやれとため息を吐いた。まくらをぎゅうと握ったまま自分を見上 げてくる双眸を見つめ返しながら、視線を合わせるためにフィオの前まで近付いてからしゃがんでみせる。 「確かに俺ぁ海の方が動けるかもしんねーけど、おめーはそうじゃねえべ」 「うん」 「海っつーのは、陸と違って流れやうねりがあるんだ」 「波がざぶーんって？」 「海の中はもっとこええ」 じーっとフィオを見つめるギルの視線はいつもより鋭い。かといって、その声は怒っている訳でもない。 ギルの意図がわからないフィオはむーっと口を尖らせ枕を抱き締めるように両手をまわす。 「とっちゃが一緒ならへーき！」 「だから……」 「ルチアおねーちゃんも、くうちゃんもいるからへーき！！」 「あのな……」 「だから海行くもん！！」 ぷい、とそっぽを向いたかと思えばそのままころんと背を向けてベッドに転がってしまう。強制的に会話を終了させられた ギルはどうしていいかわからず、頭をぽりぽりと掻いた。 できたら本当に危ない目に会う前に 探索についてくるのはやめて欲しいと思っているのだが、こちらから無理矢理止めようとすれば今みたいにムキになっていじけてしまう。 （……フィオには海の怖さを知って欲しくねえんだけどな） 嵐の夜に海で拾った小さな命がこうやって年を経て海へと帰ってきた。けれどもこの子はまだその事を知らない。知ったら、 海を嫌いになってしまうのではないかと思うとどうしても言えなかった。本来ならば海を棲み家とするギルとしては、 大好きなこの子には海と親しくしていて欲しいと思っている。 ふてくされてしまった小さな背中にその思いが届くのはまだまだ先のような気がした。

	穏やかな海《セルリアン》

穏やかな波、暖かい水温。太陽の光を透かし、キラキラと輝く水中に、
光とともに舞うように鮮やかな熱帯魚達が珊瑚礁に集まる海域。

この世界の窓口である探索者協会からも程近いこの場所は、
色々なところから集まってきたバカンス目的の観光客や、
これから冒険に挑もうとするものたちで賑わっている。

比較的凶暴な生物もいない、穏やかな、冬でも温暖の海である。

遺跡探索

ギルは、この世界の探索者としての一歩を踏み出した。
海底に沈む遺跡の探索——。

誰もがこの海の、この遺跡から冒険の一ページを刻み始める。
とはいえこの辺りはまだまだスタートライン。

もっとこの世界に眠る、謎や宝や未知の生物を目にしたいと願うなら、
このセルリアンの遺跡を抜け、さらなる海域を目指すといいだろう。

海はまだまだ遠く、広がっている。