「じゃあちょっと、行ってくる」 　「頼んだ」 　従業員室の奥にある通用口の扉を開き、俺は海中へと躍り出た。 水面の縦横を間違えたような境界は何度越えても慣れることはなく、そして 毎回ワクワクする。 室内から一瞬にして到達する海中数十メートルの世界は、スキルストーンとやらのおかげで 呼吸も水圧も気にすることなく楽しむことができた。 　ちなみに協会から契約の時に貰ったこのスキルストーンは、身に着けていないと効果が ないという話だったので、紐と一緒に編みこんでブレスレット状に仕立ててある。 　世話になっている海中巡航ホテル“八四〇一”はその名の通り海の中を巡るように 泳いでいて、時々海上まで浮上してみたりまた潜航してみたり……まぁそうやって 動いていると建物のあちこちに漂着物やら海草やら何やらが引っかかったりもするわけで それの掃除を日課として引き受けているわけだ。 　「よぉ、今日も相変わらず何考えてんだかわかんねー顔してんな」 　八四〇一を曳いている何だかよくわかんない……なんだこれ……に声をかけると 屋根上まで泳いで、外壁を伝う配管に引っかかっていた海草を腰に吊るしておいた網に 入れた。 協会が探索者の登録を始めてからここの宿泊者も増えてきたので 意図せず“覗き”にならないよう、この時間はなるべくカーテンを閉めてもらうように アナウンスしてもらっている。 　「……ん？これは……」 　掃除もそろそろ切り上げ時と底面を泳いでいたら、壁面よりも複雑に絡み合う配管の 隙間に小ぶりな瓶が挟まっていた。注意深く取り外すと中に何かが入っている。 これはもしや……探索者の間でちょっとした楽しみになっているボトルシップメッセージ だろう。 俺も面白そうだと何通か流してみたが、こうして受け取れるのは初めてだ。 　「ただいま……これが今回の分だ。ここで水気を切ったら、後でまたいつものトコに放り込んでおくぞ」 　「ご苦労。今日は時間がかかったな」 　「まぁな。昨晩は協会近くの海域を突っ切ったろ。あの辺は他の探索者が根城にしている 船だか何だかが多いからな……色々と大漁だったよ」 　「……この先の海域は海賊も出ると聞いている。防犯対策も改めて考えておくとしよう」 　「ここにいきなり入ったらビリビリする罠でも仕掛けておくか？」 　「自分から実験台になろうとは殊勝な心掛けだ。己れは御免被る」 　「お前なぁ……」 　わざとらしく睨んでみせると、冗談だ。と肩をすくめてレオは機関室へと向かって いった。 次からは通用口の扉には一声かけてから触れることに決めて、身体に残った滴をタオルで拭いながら自室へと戻った。 　さて、瓶に封じられた手紙には何が書かれているのやら。

	穏やかな海《セルリアン》

穏やかな波、暖かい水温。太陽の光を透かし、キラキラと輝く水中に、
光とともに舞うように鮮やかな熱帯魚達が珊瑚礁に集まる海域。

この世界の窓口である探索者協会からも程近いこの場所は、
色々なところから集まってきたバカンス目的の観光客や、
これから冒険に挑もうとするものたちで賑わっている。

比較的凶暴な生物もいない、穏やかな、冬でも温暖の海である。

遺跡探索

トゥオーノは、この世界の探索者としての一歩を踏み出した。
海底に沈む遺跡の探索——。

誰もがこの海の、この遺跡から冒険の一ページを刻み始める。
とはいえこの辺りはまだまだスタートライン。

もっとこの世界に眠る、謎や宝や未知の生物を目にしたいと願うなら、
このセルリアンの遺跡を抜け、さらなる海域を目指すといいだろう。

海はまだまだ遠く、広がっている。