春蔵——今は乾燥した植物生命体、の口から火が燃え弾ける。

にんじんが川の中へと足を進める。
その身を背丈の半分まで水に浸す。

雄たけびと同時に、波が激しくうねり、渦が巻き起こった。

背に付いた口が笑う。
全身を包む、影のような、苔のような、それが膨れ上がる。
春は眠っている。春は呑まれている。
にんじんというエンブリオに同化し、人の形をなくしていく。
春蔵の意識は、水あめのように粘りを生みながら、心の奥底へと堕ちていく。

春蔵は、花隠れ流の忍者だった。花隠れの一族は、その身に花や葉、茎、根や、いわゆる植物を自身の体に付加（花付加）することで戦力を向上する術を刻み込まれる。いわば常時接続的なエンブリオとの契約。同化。寄生を、植物に対して同じ要領で行うのだ。
エンブリオとの契約は危険も多く、自我を喪失して暴走する事もある。時には原型から逸脱した異形と化し、野良エンブリオとなる者も居る。故に、契約者は、段階を踏んで二つの自軸バランスを乱さないようにしなければならない。そうすることによって溢れかけた力はスキルやギフトとして固定して表面化する。

春蔵はフェアリーとの契約進化を中途半端に止めている。裏切りへの不審や恐怖からだ。固定化されずに乱れたエンブリオの力が、敗戦時の生命の花の散華により歪んで覚醒し、自らに矛先をかえて混乱を誘い、本来なら気づく筈の悪臭にも気づかず、奇しくもどくにんじんという植物型のエンブリオを食したことで、その均衡は完全に裏返った。故の現状。魔女が用いるとされるドクニンジンの毒により、春蔵は飛行しているような熱病と堕ちるような爽快感で揺さぶられている。まどろみの中で、天地を旋回して巡っている。

結局の所、するしかないのだ。

春蔵の見つめる先で、妖精が、羽虫と呼ばれ続けてきた一匹のフェアリーが、揺るやかに笑みを作った。
半端なままでは関係は続けれず、無理やりにでも、進むしかないのだ。
信用できなかろうと、委ねなくてはならない。
もしくは、力もこれまでの関係も放り投げ捨て逃げるか。だが、春蔵はそれを選ばなかった。

でんぱがはしる！！