しょきん。





明け方の早い時間。星屑の小川の川縁に、
ローラスとビブリオバベルは、二人で座り込んでいる。
周りに、同行者達の姿は見えない。





———ここ数日、平原・森林・砂地と進む地形を変更しながらも、
連日進攻を続けていたビブリオバベル一行だが、
ここにきて各自が持っている食糧・水分の残量が心許なくなってきた。

食糧に関していてば、森林でも果実や自生の野菜、
小型の動物の肉なども調達できないことはないが、
こと水分については、池や川が見つかることに賭けるしかない。
十分な残量があればそれも選択肢に入るが、
今となっては、それにだけ期待して進むというのも危険である。


自ずと、編成を分割し、
星屑の小川まで水分補給に向かう班を作るという案が出された。

そこでビブリオバベルは、
自分とローラスの二名で小川に向かうことを提案した。
当然、他の三人から反対にあう。ローラスは戦闘要員ではないし、
せめてもう一人いなければ、そもそも、十分な量の水を持ち帰れない。

ただ、それでもビブリオバベルはローラスとの二名での補給を希望した。
というのも、護りの森では、ここ最近、
“白虎”が出没するという噂が漏れ聞こえている。
“白虎”といえば、お伽話にもよく出てくる、
強靭な脚力と鋭い牙で獲物を仕留める野獣だ。
そんな野獣との遭遇可能性がある森のなかを、
二人だけで進攻させるのは余りにも無謀だし、
“白虎”以外にも、視界の悪い森林では
いつ何時、凶悪な野獣・魔物に襲われないとも限らない。

それに対し、水辺ではそこまで凶悪な魔物が出る情報も聞かないし、
自分とローラスだけでその役を十分全うできると、ビブリオバベルは重ねて主張した。
また水の運搬については、ローラスがつい数日前に入手した貯水石——
水を一定量吸収し、その中に貯えることのできる魔鉱石——を使用すれば
なんとかなる、とも付け加えた。

そこまで言うのであれば……と、他の者もその提案を受け入れ、
ローラスとビブリオバベルだけ、一度同行から外れることとなった。





かくして、二名は星屑の小川を訪れている。
川縁でローラスは、手のような枝で貯水石を握りながら、
川の中につけている。
こうしていれば、石の秘めている魔力の限界まで水分を吸収し、
そのまま持ち運べる。かさばる水分の運搬方法としては実に効率的だ。

石の魔力が尽きれば、蓄えていた水は溢れ出し、
貯水石もただの石ころに戻ってしまうため、
魔力を消費しきらない範囲で使用するという見極めに
慣れが必要だが、ローラスは長期の遠征の際にこれを多用しているため、
その点に問題は無かった。

ビブリオバベルはと言うと、それを手伝うでもなく。
帽子を脱いで、しばしば手鏡を覗き込みながら何かをしている。


……しょきん。

しょきん。


ローラスが、水中につけていた貯水石を取り出し、
その様子を観察してから、もう一度水中に戻す。

ビブリオバベルは手鏡を覗きこみ、
よし！と叫んで立ち上がり、川に歩み寄ると、
ばしゃんと、それはもう威勢よく豪快に、
頭を水面に突っ込んだ。髪を指で洗い流す。


……頭を上げて、乾いた布で頭を拭き。
十分に乾かしてから、再び手鏡を覗き、
うわーばさばさ！などとひとりごちりながら、
近くに置いていた帽子を被った。

ローラスは水中から貯水石を取り出して見て、
それを荷袋に詰めた。

ビブリオバベルは胸を張って、
誇らしげに答えた。

ビブリオバベルは、元気よく川の上流に向かって歩みだした。
ローラスもそれに続く。










その場に取り残された、ビブリオバベルの頭髪の切れ端。
それから、荷から落ちたのだろうか、ネクターの花弁がひとひら。

川縁の木影がその上に落ちて、一迅の風が吹くと、
いつの間にか、頭髪も、花弁も、無くなり、
代わりに、そこに、“くろいなにか”が、いた。

それはビブリオバベル達を追いかけるかのように、
地を這い、川沿いを上流へと向かって滑っていった。

ローラスの言葉を、うんうんと聞いている。

グリゴリとの関係性には、曖昧に笑って誤魔化すように言葉を切った。

”ビブリオバベルの同行者”が同じ事を言っていた。そう聞くと
「やっぱり」と頷くように相槌を打つ。

　　　　　　　露骨にしょんぼりして見せた。