——ヒュンッ　　　　——トスッ

——ヒュンッ　　　　——トスッ


放たれた矢が、風を裂いては軽快な音と共に、木の幹に突き刺さる。
——後で、全部回収しないと。
正面を真っ直ぐに見据えたまま、アマリアは弦を引く。

ギィ…ッ　　　ヒュンッ　　　——トスッ

“人狩り”——この間、水辺で遭遇した人たちのこと。
王を倒すことが目的じゃない…確か、理想郷、と言っていた。その復活が目的…のようだった。
…力の差は歴然としていて、全く歯が立たなかった。
野盗には気をつけろとは言われていたけれど、正直、想定外だった。
でも、大勢の人が参加している一揆ならそういう人たちが混ざっていてもおかしくない。
…あの人たちは本気、だった。

ギィ…ッ

手に馴染んだ弦をしっかりと引く——

「——てっきり逃げ帰るかと思っていた」

——トスッ

抑揚に乏しい、低くもなく高くもない少年のような不思議な声が、矢を撃った木の近くから聞こえてきた。

「…アポル」

木の陰から現れた小さな体躯の生き物は、そのままわたしの方へと、とことこと近寄ってくる。
わたしは矢を取り、また、弦を引く。

「やっぱり、島の中にずっといたんじゃ分からないこと、知らないこと——沢山あるよね」

「…わたしの考えは甘かった、かな」

『困っている人たちの力になりたい』、その気持ちは嘘じゃない。
けれど同時に、知らない世界を見てみたいという好奇心や憧れ、そういった感情があったのも事実だ。
弓矢は以前から使っていたから扱いには苦戦しなかったし、一応、戦う演習もした。魔力のコントロールの練習もやってきた。
だけど、演習と実戦じゃ、やっぱり違う。

ギリ…ッ

「…怖くなったのか」
「うん。そうだね。怖くなった——怖い、よ」

強く——弦を引く。
メルンテーゼに迷い込んだから、成り行きで一揆に参加している人もいれば、自分たちの生活がかかっている人もいる。
後者は勿論のこと、前者だって、きっと懸命だと思う。
訳も分からぬまま見知らぬ土地に放り出されたら。生活していくのも一苦労なのではないだろうか。
それに、帰りたい場所があるのに帰れないというのは、寂しいし、辛い。
…もっとも、その人たちと全く同じ気持ちには、自分が同じ状況にならない限り、どうしたってなれない。
わたしは彼らの立場にはなれないから、想像するしかないのだけれど。
……その人たちの想いに比べたら、わたしの覚悟は、甘い？

ヒュンッ　　　——カッ

「……外れた」

幹の表面を僅かに削り取り、速度を削がれた矢は、からりと音を立てて地面に落ちた。

「何かを成し遂げる為には——痛みを伴うことも、あるんだね」
「……ああ」

そろそろ腕が疲れてきた。
わたしは弓矢を構えるのを止めると、矢が刺さったままの木に近づき、力を込めて、それらを１本１本抜いていく。

「ねえ。アポルはこの前わたしに、『アマリアは一揆がどのようなものなのか理解しているのか』って訊いたよね」
「………」

声は答えない。確認をしただけだけれど、否定をしないということは合っているということだろう。

「意味を知ってはいたけれど——やっと分かってきたところ」

地面に落ちた矢も回収し終えて、わたしは漸くアポルの方を向いた。
笑って見せたけれど、情けなさやら不安やら色んな感情が混じって、きちんと笑えていたかどうかは、自信が無い。

　マネるようにポポロも頭を下げる。
　そしてアマリアの質問に、嬉しそうに笑って、

　とんでもないことをさらっと言ってのけ、

　クロエは右手を押さえ苦笑いしている。

ユキシロが記憶の糸を辿る今なら、簡単に三毛猫を触ることができる
害意を持たなければ撫でることも持ち上げることも容易だ
改めて触って良いか聞いてみることもできるだろう