気づくとまた、砂の大地を踏んでいた。

かつてはここにいれば、故郷を思わずに済んでいた。
水の豊かな川が幾筋も流れる、緑豊かなあの地。
この乾ききった砂地にいれば、熱と喉の渇きにだけ、意識を凝らしていればよかった。

なのに今はもう、その熱も、渇きも、私をさして苛まない。
おそらく私の身体は、あまりにも深くウィスプを受け入れすぎていた。

眠らず、食事も摂らず、日々は闘争の中にある。
故郷にいた頃、あるいはウィスプに出会ったばかりの頃ならば、こんな無茶な生き方はとてもできなかったろう。

いつかは持ち堪えられなくなることを半ば承知で、そんなふうに過ごしてきた。
けれど、私はこの世界でエンブリオを得、ウィスプを受け入れ、その力によって無理矢理に身体を支えている。
生きることをあれほど憂いていたのに、そうまでして生きて。
そして今ようやく、私は、その支えを外しても生きられる自分を取り戻そうとしている。

生きることは怖かった。

生きることと奪うことは切り離せない。
奪いたくなかった。 奪われたくなかった。 そこから遠ざかりたかった。
私は黄昏のあわいに、ただ漂うだけの幽鬼になってしまいたかった。

そして私は、たぶん、そうなることができる。
この世界でなら、できたはずだ。

目の前で燃え尽きていったネクターの恩恵。
あの花がウィスプを私に繋ぎ留めている限り、私はおそらく、生の輪から外れていることができただろう。

ウィスプが私に何を求め、何のために私に出会ったのか、私はまだ知らない。
私とウィスプが、実際に何を共有しているのかも。
深緋が私と何を共有し、そして何を持って抜け落ちていったのかも、それが私とウィスプにどう影響するのかも、何も。

しかし、事態はただただ零れ落ちる水のように、沈んでいく日のように、留められもしないままに進んでいる。

私は生きなければいけなかった。
そうすると決めた。
幽鬼ではなく生身の、ともしびの娘として。

「燈子」と。

呼ばわるいくつかの声が、彼らが私の名を忘れ果てるまで。
或いは力尽き、すべてを失くしてしまうまでは。

私はこの砂の大地で、喉の渇きに一杯の水を望む、その感覚を取り戻さなければならない。
正しく生に苦しみ、そしていつかは正しく死んでゆくために。

　長い髪と衣を翻し、遠くを見つめる者の姿がある。