追想。夢に心を遊ばせて。
　閉じた瞼の裏、ゆっくりと、過ぎ去りし想い出をひとづつつ綴りなおす。

　初。ある冬の日、空海との語らい。捧げし愛を悉く踏み躙り、祝福を置いて霧誘う山奥へ去った。
　次。困憊し正気を喪いし頃。興世の隷従として誅戮する乱世。親友に裏切られし将門は首だけで嗤い。
　参。百鬼と競うように大火を招く災いの妖狐。格上なる狐姫、嵋祝に潰され新たなる道を踏み出す。
　肆。裏切りの連鎖。九尾揃わずして初音鼓の姿と化す。巴が託せし白拍子、愛する夫の悲哀を嘆き。
　伍。永くを眠る。吉法師の舞に音を添え、世を攫いし猿の城より盗み出され。釜茹での泥棒に放たれた。
　陸。本性隠し市井に紛れ。遊郭に隠れ、恋を咲かせて色を歩き。太夫の身請け、家重の友と成り。
　漆。討伐。新時代創設の生贄、九尾揃い大災を招く。蹂躙、壊滅、悪狐と後ろ指さされ封印を受ける。
　捌。溶けし封蝋。覺悟の過去。己を滅ぼすに懸け、郁未との約定に従いて、九尾揃えて千里と相対す。
　玖。次元に漂流し、流離い長く異世界を識る。勅召に応じ喚ばれし先、心狂えし獣人の王を見送り。

　合間に重なる様々な出来事が、泡のように弾けていく。
　嬉しいことも、哀しいことも、楽しいことも、憎しいことも、寄せては返す漣にさらわれて消え。

　そして、巡りあう。二度と手に取らぬとした誓を破り、最後の主と定めた。
　幾多の約束が、前を歩くための絆となる。引きずられるように進むうち、自ら歩を進めていることに気づき。

　三代との再会と修好、先代の負債を精算し、今代の傍に頬染めて侍らいて。
　夢は現か、現が夢か。狐は微睡みの中、この心地が永遠に覚めぬことを、深く切望した。

あわあわあせあせしている。油断していた。

なんとなく怪しいのを察した！

本当にうれしそうににこにこしている。

でも、まんざら（？）でもない様子だ。

自覚はあるようだ。否定はしない。

すごく　頼りない

雰囲気を改めてなでられると、はっとしたような顔になり、
頭をなでられると、幸せそうな微笑みを彼女へと向ける。

そんな意味深なよくわからないことをつぶやきつつ、彼の紫色の髪をふわっ、とさわる。

ことなげに、いすに座ってケーキと紅茶を飲み始める。

なんだこのどうしようもない対談は。

恥ずかしそうにしながらも、嫌ではない様子だ。
この子ももう手遅れである。

ティーカップと食べ終えたケーキのお皿を置いて、一礼。

二人の狐が、互いの毛を用いて互いの人形を編む。
黙々とした作業の間にも、互いを想う気持ちからか、ちらりと相手の姿を見たりもして。

どれだけの時間が掛かったのかも覚えていないが、完成した時には確かに、ツヅミそっくりの人形がそこにあった。
色鮮やかな髪色と尻尾を再現し、ふんわり抱き心地の良い布人形。
その人形の左手の指先には、人形サイズの小さな指輪が嵌められていた。

出来上がった夕狐人形に軽く口付けてから、尻尾を揺らして楽しげに微笑み。
それから、自身を模した黒狐人形と交換するように手渡した。
込められた呪いは民間伝承ぐらいの曖昧なもので、効力が本当にあるのかすら疑わしいものだけれど。
今は逆にそれが丁度良い。強い力で縛る必要など何処にもない。
わざわざ強力な呪いをかけなくても、相手は自分のことを覚えていてくれると、信じているから。

そう言って差し出したものは、ツヅミ人形と同じ見た目の、本人サイズの指輪。
"永久に錆びることがない"白金で作られたそれは、永久に朽ちることのない想いを表現しているのだ、と言う。

半ば不意打ち気味に唇を奪いにかかる。
ほんの一瞬だけ、唇が触れるか触れないかして、また元の調子で笑った。

別れの言葉は言わない。必ず、また会えるから。
最後まで笑顔のまま、黒の狐はじっとツヅミの顔を見ていた。

その言葉の後、ラーフィーの瞳が一瞬赤く染まる

閑話休題

慌てて席を立つ。その慌てようは普段の冷静なラーフィーとは大きくかけ離れたものである。

・・・と、同時に恐ろしく奇妙な匂いがセレスが食事の支度〜♪と去っていった場所から匂ってきた！

今はハルシオンとの激闘も終わり、各々自由時間を取ろうという提案をして解散した直後。
東の空から射し込む朝日が眩しい。まだ若干肌も冷える時間帯だ。
闇に喰われてしまった左腕を動かすような仕草を取りながら、虚空を眺めるように顔を上げ。

上空に向け、ナイフを一本弾き飛ばす。

右手で勢いよく落ちてきたナイフを掴み、そのまま掌でクルリと一回転させ刃を閉じる。
パチン、と心地良い音が静かに響いた。

先程までの深刻さが嘘であるかのように、ツヅミに対して見せるその表情は明るく。

彼女を抱き寄せそっと口付けを交わした後、最後の一仕事に出たのであった。
そそくさと早足で去るその姿は、或いは照れ隠しの証なのかもしれない。