少年を抱き上げ、どこか哀愁の漂う表情を浮かべているラルクゥに問う。
トガノの呼吸は乱れており、相当に体力を消耗したことが窺える。
尤も…それは、ツヅミもラルクゥも同じことだが。

ラルクゥが少年の髪を優しく撫でる。

表情は変わらず、寝息も聞こえないが…死んでいるわけではないようだ。
傷一つないその身体はしっかりと温かさを保っている。

くい、と近くの木陰を指差す。
ラルクゥは無言でそちらへと移動し始めた。

ツヅミが小さく頷き、撤収の準備を始める。
激戦前の時点で、既に二人はこの地を出る準備を整えていたので…あとは脱出場所を決めるのみ。
恐らくは、街中での実行となるだろう。

トガノは欠損した左腕部をぶんぶんと回す。

未だ出血の治まっていなかったそこを握り締め、ポツリと呟いた。



ツヅミから荷物を受け取ると、木の周りに無造作に置き。
それを済ませると、この場に集合する時刻だけ決めて各々は一旦解散した。
…と言っても、ツヅミ以外の両者はその場に腰を下ろしているだけなのだが。

少年はラルクゥの膝上で眠り続けている。
その様子を見守るラルクゥの姿は、本当の姉弟のようにも見える。
…そう、トガノは思った。

トガノが頷く。
彼が少年に向けるその目線は…どこか同情をも感じさせる。
…そう、ラルクゥは思った。

トガノが少年の頬を軽く引っ張り、指で弾く。
ラルクゥは少し顔を顰めたが、咎めはしなかった。

続いてラルクゥの瞳を見つめ…暫し沈黙する。
そして最初に出てきたものは溜息。

殆ど柄しか残っていない脇差を地面越しに差し出す。
柄や鞘にまでベッタリとこびり付いた血液が、先程の戦闘の過酷さを物語っている。

僅かな金属音を鳴らし、脇差はラルクゥの荷物袋の中へと。

トガノは無言で首を振る。

トガノが再び大きな溜息を吐くも…それ以上言及しようとはせず。

トガノが立ち上がって土埃を払い、小さな荷物だけを右肩に抱える。
その手慣れた動作からは欠けている左腕の存在を微塵も感じさせない。

トガノがあちらこちらを見回しながら、ゆっくりと立ち去る。
ラルクゥはその様子を正視することができなかった。
堪えるような溜息を吐くも、溢れる感情は抑え切れず…。

声を震わせながら…少年の頬に、一粒の涙を零した。

身体を起こして伸びをすると。
久しく動かしていなかったであろう身体がゴキゴキと音を鳴らし、筋が伸びる。
それは身体全体にピリピリとした痛みを伝えるには充分な刺激だった。

周囲を見回す。
広がるのは…どこまでも続く真っ暗闇。
ただ不思議なことに、自分の身体だけはしっかりと見ることができる。

何もない漆黒の空間に心細さを覚えながら、身体を丸めて小さく震える。

溢れる涙で視界が霞む。
時間が経つにつれ、思い出してきたのだ。
ディルが既に死亡していること。
手を下してしまったのは自分だったこと。
国で待つ者は、もう誰もいないこと。
迫り来る無慈悲な現実に、もう生きる希望さえ失い掛けていたその時…。

不意に、一筋の白い光が視界に飛び込んできた。
どうやらそれは一人の人間の姿のようで、シオンとよく似た姿をしている。
その正体は言うまでもなく…。

ハルは全速力でシオンの下へと近付き、まともな反応を得る前に思いっきり抱き締めた。
シオンは動揺…というよりも、やや混乱したような表情を浮かべる。
しかし涙はすっかり治まり、動悸も徐々に落ち着いてきたようだ。

ハルがバツの悪そうな顔を見せると、シオンは笑いながらハルの背を叩く。

ハルがシオンの手を取って歩き出す。
二人以外の姿が何も見えない闇の中でも、彼等の心は安堵に満ちている。
長い間、こうしてお互い触れ合うことができなかったからかもしれない。
相手の声を聞くことができなかったからかもしれない。
蟠りを…捨て切れていなかったからかもしれない。

彼は、膝を丸め座り込んでいた。
その様相は…まるで無限に広がるこの闇を肯定するかのよう。

自分と協力するための人格や同僚、部下を用意されても。孤独は決して解消などされない。
そんなことは、彼自身が一番よく分かっていたのかもしれない。

二人が近付いてくると、ハルシオンの表情が若干変わった。

二人はハルシオンの目線に固唾を呑む。
双方、逸らすことなく見つめ合い…そして。