曇っている所為か、月は見えなかった。
湿度は高かったが、傷が痛むということもない。

傷は既に、粗方癒えていた。
同行者にも、生命に関わるほどの怪我はなかったようだ。
死さえ覚悟した王政府とは無関係の襲撃者との戦いの爪痕は、肉体的にはさしたるものではなかった。

自分は、傷の治りが早い。
しかしそれは、決して死に難いということを意味しない。
この身体は、生を求めた結果ではなく、ただ死の瞬間まで全力で戦うことを求めたもの。
目的を成せずに半端に生き延びる事を、忌避した結果だ。

その頃の目的も今や失せ、残る生命は、カメルを体現し村を救うことに注ぐ積りだった。
故に、志を同じくするものを護るために果てることも、厭うものではなかった。
——だが結果として、戦い半ばで自分は退いた。
退かせた原因たる少女は、泣き疲れたのか既に眠っていた。

『絶対置いてなんて、行ってあげないんだから——』

少女の言葉が想起される。誰かに重ねられているのだろうか、と感じた。
自分と露が出会ってからの時間は、さして長いものではない。
出会いも決して劇的などではなく、行き倒れが居たから拾った、ただそれだけのものだ。
恩義に感じていることはあるかもしれないが、あれほど思われる覚えがあるかといえば、答は否だ。

そんな自分がここまで入れ込まれるのであれば、それは誰かに重ねられたか、或いは他に一切の寄る辺がない故の依存かだ。
どちらかといえば、前者であるとカメルは感じていた。
尤も、元いた世界に帰ろうという素振りを見せない辺り、心安らぐ家といった類のものも無いのだろうとは思っていた。
彼女に、一切の寄る辺が無いというのであれば……長くない残り時間で、自分に何が残せるのだろうか。

そういいながら差し出したのは赤い花だった

どうした？