ティーチェがうねる塊になってから、幾日が過ぎた。
彼女はその間、ただただ考え込むだけの存在と化している。
闇豹が代理で戦ってくれている時は、その姿をじっと見つめていた。
気分的に楽なときは、少しだけ敵を倒す手伝いもした。

ただ、ティーチェには疑問があった。

なぜ、闇豹は戦うことを楽しめるのだろう、と。
ましてや、決着がつかずに退路を走るという悔しい思いをしたにも関わらず、
その失敗を繰り返すかもしれないのに、拳を振るう。
ロッシやウィトサーレを援護しながらも、嬉々として体を動かすのだ。

怖くないのだろうか。悔しい気持ちに浸る事は、嫌じゃないのだろうか。
自分は、擬態が出来ないところまで落ち込んでしまったくらいなのに。

ここ最近は、セイレーンに身をうつすヒスティカが、ティーチェを慰めてくれていた。
何か教訓になるような話をするわけでもなく、時間の赦す限り傍にいて、撫でてくれたのだ。
海の歌や異世界の詩を読み上げ、その瞳から涙がこぼれる回数を抑えてくれた。

それでも、寂しいなと感じる時はあったし、ヒスティカも薄々気づいていたのだろう。
我慢できずにこっそり泣いていると、彼女がかき鳴らすハープの音色が、わずかに乱れていたから。


幾日か。幾ばくか。
しんと冷える空気は、水辺から立ち上る冷気だ。
星屑のようなきらめきを放つ小川は、まだまだ遠く続いている。
魚の陰はいつでもそこにあり、魔物の気配も同じように蠢く。

「ティーチェ」

ぼうっと空を見上げるティーチェの隣に、闇豹がしゃがみこむ。
目線をあわせて、なにやら神妙そうな顔をしたまま、勝手に話を続ける。

「今日はもう、喫茶に戻ってもらいたいのよね。
　私、ちょっと用事が入っちゃってさぁ…ゴメンねえ」

申し訳なさそうに触手を撫でる闇豹へ、ティーチェはきゅるると鳴いた。
気にしないでと告げるよう、決して自分からは交わらぬ言葉を返す。
水魔の言葉など、流石に普通の人間には理解しがたい。
でも、ここでぼうっと過ごすのも、喫茶店のある建物内へ戻って過ごすのも、
今のティーチェには、大して代わり映えのしない、変わらぬ時間だった。

闇豹に連れられて、ティーチェは黒い扉をくぐる。
大人しい照明の光と、それにあわせた黒いテーブルや椅子が見えた。
パタンと、後ろで扉の閉まる音がする——が、闇豹が一緒に店に来ていない事を察知した。
そんなに急がなきゃいけない用事があったのかと、黒い扉を見上げる。

水場で一眠りしておけば、時間はつぶせるかな。

ぼんやりとした頭で考えて、ティーチェは後ろを向く。
すると、青白くうねる何かが見えた。
なぜ今まで目に入らなかったのかと思えるほどの、巨大な塊。
吸盤のついた触手と、先細りな滑らかな触手を何本も絡ませあい、ずしりと座っている。
上へと視線をうつしてみれば、花弁の多い花から生えるように、人間の上半身がぬぐりと生えていた。
どう支えているのか分からないほどの乳房を、触腕でしっかり支える。
唇は燃えるように赤く、眼は一対とは別に、頭部にも人のものとは呼べないそれとして、ある。

「ティーチェ」

人の腕に良く似た触手を伸ばし、それが微笑む。

「ティーチェ、こちらへおいで」

ぽてりとした唇から、慈愛に満ちた声が響く。
呆気にとられていたティーチェは、自分の目前にいる存在が信じられなかった。
きゅぴぴ、と鳴く。その言葉を理解し、さらに青白い手が大きく開く。


お母さんだ。

なんで、こんな場所にお母さんがいるのだろう。


長い夢でも見てるんじゃないかと疑いながら、自分の触手を伸ばす。
青白い手にそれが触れれば、器用に巻き取られていく。
体はお互いに、ぴたりと吸い付いた。

その肌に、暖かさは感じない。
当たり前だ。自分たちは、水の中に居を構える存在なのだから。


「貴女が寂しがってると聞いて、来てしまったのよ〜」


大きな存在に包まれ、ティーチェは初めて、安堵の涙を流した。
悲しくても、嬉しくても、大きな何かに出会ったとき、涙は出るものなのだ。

何してるんですかウィトサーレさん？

お花の冠ですね！うむうむ、相変わらずの高クオリティ。
どうやらたくさん作ってるみたいで、皆に配りたいみたいですよ！

【ウィトサーレお手製花冠を獲得】

あれ？まだ何かやってるんですか？
ふむ、まぁ、きっと何か出来上がるんでしょう。きっと。

絶対に良からぬこと考えてる。


闇豹の確認に、いたずらっぽく微笑み——

実は昔、こっそり仲間と甘いもの食べ放題に行って、店の人を泣かせたことがあるらしい。

そう言いつつもすでに触っている。
スカートを弄るような動作で妙になまめかしく手を動かしている。傍から見ると危ない。

闇豹の言葉を受け、ティーチェの瞳を覗き
相手の言葉もまた真実であることに確信を持ち

困ったように頭を掻き

突然少女が自分の胸めがけて駆け寄ってきた事
落ち着いてから名前や住まいを問うと迷子であることが解った事
連れの特徴を詳しく聞き出そうとしていたら「この姿」になってしまった事
なんとかわずかな情報を頼りに自身のエンブリオの力で闇豹を探しだした事

事の敬意をまるっとスリっと説明した。

……なんかまともなことを言っている？

混乱深度10くらいの重症。

混乱深度がひどいせいか真面目に説明している、が理解してもらえるのだろうか状態。

かなり引いているが、アイドルとしての意地でなんとか持ちこたえている！

>>チュチュ

そう言うとにこりと笑う。

>>闇豹

闇豹の言葉を聞き

と、あっさり切り替えてしまう。まるでダメ元だったといわんかのようだ。

そうやって言葉に含みを持たせる。

そういって黒い本の代わりに渡された本にはこう書いてある。

『ドキドキ☆魔神言語　〜これで君も魔神と話そう！〜』

しっぽをうねうねさせた後しおれる。

お肌すべすべよ？と鱗をアピールする。脱皮したばっかりでしっとり。

純粋に疑問を感じてか、首を傾げる。
一方・・・

カゲと闇豹がいつの間にか撫で撫で攻防戦を繰り広げている・・・。
にゃーぎゃーと声が上がれば、レイがそちらに目線を向ける。

会心のドヤ顔ですねウィトサーレさん。