闇豹が営む、黒い扉の喫茶店。
その扉は彼女の地元と店をつなぐだけでなく、異世界ともつながりを持つ。
何故、そんな恐ろしい扉になってしまったのかは謎だ。
不規則に誰かの前に出現し、入っておいでと誘う。
どんな異形が入店しようとも、闇豹は嫌な顔一つしないで対応する。

人ではない者への耐性は、元々の理解力により多少は持ち合わせていた。
が、そこへ大きく加担した要因は、ティーチェの父が喫茶店に来たことが大きい。


闇豹曰く、彼が初めて店へ訪れた日は、謎の湿気が満ちていた夜だった。
空調をしっかり利かせているのに、えも言えぬ気持ちの悪さを覚えた。
髪や肌、服すらもベタついて、些細なことが気になってしまう。
それなのに、テーブルやグラス等の無機物は、一切濡れずにいるのだ。
湿気を帯びるのは、鼓動を内に秘め、息をするものだけ。

今夜は早めに店を閉めて、建物内の"点検"をしようかと考えさせるほどに、
この湿りけは、闇豹を不安にさせていた。

接客をやっていると、面倒な客が来る前の予感というものが働くようになる。
もともと、勘は悪いほうじゃない。ましてや、こういう嫌な雰囲気は察しやすい。

ならば、事が起こる前に。

闇豹は足早にCloseの看板を扉の外にかけた。これで、地元の客は来なくなる。
後は鎖を扉へかけて、しっかり施錠するだけだ。
さっさと終らせてしまおうと、闇豹は鎖を取りに黒い扉へ背を向けた。

刹那、閉めたばかりの扉がギィと鳴く。

急く人がやるように、ドアノブががちゃがちゃと慌しく動く。
ほんの数回それを繰り返すと、鐘が来客を告げた。
不吉な空気を察し、弾かれたように闇豹は顔をそちらへ向ける。

身構えた彼女の目に映ったのは、赤黒くぬめる何かだった。

それは照明を浴びると青黒く変化し、扉の隙間から探るように中を窺う。
空間にいるのが闇豹一人だと察すると、これ幸いとばかりに染み出て来た。
血溜りみたいな、とろみを帯びた粘液が無数の触手へと変貌する。
どの生物とも似つかない厚ぼったい口から、乱喰いの牙がガチガチと宙を噛む。
花弁が中心へ集まるように、一つの器官へ向かって獣の爪や眼球が羅列していく。

辛うじて、人と呼べそうな形状をした突起が、扉に詰まるようにして店主を見つめた。

構えたままの闇豹は、どう対応していいのか分からなかった。
彼女が未熟だったわけではない。相手の姿が、あまりにも異形すぎる。
背筋がぞぞぞと粟立ちながら震え、それが頭の先まで来ると、一気に吐き気を覚えた。
ただ、吐けない。体中の筋肉が異質な相手に硬直しているからだ。
動けるのは、気絶を許されなかった意識と、五感だけ。

恐怖に研ぎ澄まされた視界は、相手の一変一片までもを捉えてしまう。

悪寒に全身を苛まれる闇豹の目の前で、触手の塊が己の中心へ向かって蠢く。
まるで咀嚼をしているかのように、くちゃぐちゃと音を立てて形を変える様は、
自分で自分を喰うという表現がぴったりだった。

おぼろに光る目玉はおぞましい視線を振りまきながら、触手の渦へ紛れる。
ほんの数秒のことだったのに、長い時間を過ごしたような感覚が肩にのしかかった。
小さく息を飲んだ闇豹へ、人の眼を填めた異形が、一歩近づいた。
悲鳴一つ上げず、ただそこで身構える彼女をどう思ったのかは、よく分からない。

おぞましき人の形。ぬちゃぬちゃと波打つ表面。
ごぷ、ごぽ、かぽっ、という、粘液が沸き崩れながら空気を叩くさま。

気がつけば、異形の姿は一人の男性へと成っていた。

良く出来た錯覚に感じる、ごく僅かな違和感。
謎の重圧感だけは拭いきれなかったものの、ずっと穏やかな見た目へと変わっている。

上品な光沢のあるスーツが、この薄明かりにすら、まぶしく映った。

闇豹は、ここでようやく握りこぶしを解いた。

「…いらっしゃい、ませ」

まだ警戒の抜け切らない表情のまま、いつも通りの言葉を吐く。
異形の男はその言葉に眼を見開き、喉奥で轟音のような嗤いを漏らす。

様子を窺う相手へ顔を向け、二つの眼を持って、異形の男は呟いた。


「茶を一つ、貰えないだろうか。出来れば、温かい方が嬉しいのだが」




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「…それが、ティーチェのお父さんが最初に来店した時かなぁ」

ソファへくつろぎ、ナイフへ砥ぎ石を擦りつけて、闇豹が笑った。
その側に座る小さな触手の生物は、黄色い眼をくりくりさせてキュイと鳴く。
今ここにいる触手の正体は、言わずもがな、人への擬態が出来なくなったティーチェだ。

昔話というほど、昔でも無い話。
ほんの２年程度前だったか。

ホームシックにかかっているティーチェの為に、少しでもと考えて話をしてみた。

「最初のうちは、ティーチェのお父さんが何考えてるのかさっぱりだったけど。
　半月に一度くらいの割合で、真夜中に来るようになったのよねぇ」

「きゅるぷい…」

「閉店間際に、狙ったようにさ。
　決まって、温かいお茶と…その時々のお菓子を食べるわけ」

砥ぎ石を膝へ置き、闇豹はテーブルを指出す。

「特に喜んだのが、その一口ケーキ」

小皿の上に乗っている、クリームのたっぷり乗った菓子。
しっかりめに焼いたスポンジに、ジャムやコンポートをはさみ、クリームで仕上げた物だ。
種類によっては、さらにチョコレートなどで外見をおおっている。

「喜んで食べるから…余ってる分を包んで、持たせたこともあったっけねぇ」

空いた手で、そっとティーチェをなでる。
しっとりとした表面は、手を滑らせるとツルツルした触り心地に変わる。


「試しに、食べてごらん。
　お酒は控えてあるけどぉ…味はそう変わらないし？」



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【闇豹のメモ】

・兵舎のパンツ旗は撃ち落せば良いのかしらね！
　むしろアレだけのパンツ、誰が誰のだかわかるの？

・そういえば、回復以外は私生身で戦ってない？大丈夫？

・まあ大丈夫よね　だいたいの生物は神経焼けば良いって習ったし

・乳製品を多く消費する時季かな　早めに注文量増やさないと

・そろそろ倉庫清掃しときたいけど　時間がなぁ…
　……開放してみようかしら

・魔神語を習得ってやっぱあれかな、教材を寝ながら聞くのかしら

・思い出話はガラじゃない　照れくさい



【ウィトサーレ☆観察日記】

・珍しく大人しかった

・大人しかった分が、怖い (良い意味で)

　　　　　　　得意げになって高らかに宣言する。
　　　　　　　収入の少ない現状で、その約束がいつ果たせるかはわからない。

扉ばーん！（気分的演出

この雀、チンピラにつき。

会心のドヤ顔ですねウィトサーレさん。