兵舎と言う割には静かな物だ——




月明かりが差し込む兵舎の廊下、窓側の壁に凭れ掛かって正面の扉をぼーっと眺めている。
その一室では、お嬢ともう一人同行する事になった少年が就寝中だ。

相棒である“Dragunov Tigr”を窓辺に立掛けて、コートの内ポケットを探る。
指先の感覚で煙草の箱と、一緒くたに突っ込まれたライターを引き寄せて取り出す。

ライターは右手のまま、煙草の箱だけを左手に持ち変え、器用に人差し指だけで煙草の箱を開ける。


「……？」


差し込む月明かりに照らされた箱の内側は白かった……。
状況は分かっているが、薄目で箱の内側を睨みながら軽く揺すって見る。
しかし、そこに踊る茶色いフィルターは見当たらなかった。


「数え間違いねぇ」


煙草の残本数だから良かったようなものの、これが相棒の残弾数だったら命取りである。
軽く自分を鼻で笑いつつ、空き箱をそのままに、コートの反対の内ポケットを探った。

そして、取り出したのは新品の箱……どんな時でもすぐに補充出来る様、
常にコートの片方の内ポケットには新品の箱が準備されている。


「……」


空き箱を薬指と中指に挟んだまま、新品の箱のフィルムを破った。
先程と同じ様に、人差し指で新品の箱の蓋を押し上げると、手前側の銀紙を引っ張って千切る。
そのまま、今度は空き箱に破ったフィルムと銀紙のゴミを押し込み、漸く右手に持ち変えて握り潰す。


「あ……分別」


つい、いつもの癖で一緒くたに握り潰してしまったが、この兵舎のゴミ捨ての分別法方が分からない。
律儀にそんな事を考えつつ、後で部屋の中のゴミ箱に捨てるべく、コートのポケットに押し込んだ。

一息吐いてから、開けっぱなしの新しい箱の底を、右手の中指で弾いて、
せり出した一本を摘み……漸く口に咥えるに至った。

この間、ずっと右手の平の中でお預けを食らっていたライター。
その頭に親指を掛け、少し力を入れて斜め下へ蓋ごとスライドさせる。



　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　カシュッ



蓋と連動したフリントホイールが小さな摩擦音を立て、火花を散らす。
煙草の先に火を近付け、ゆっくりと胸と肩を膨らませ息を吸い込むと、
先端数ミリが灰へと変わり、薄い煙が立ち昇った。

着火を確認して、スライドしたライターの蓋を静かに戻して消火し、
一本分の空洞が出来た煙草の箱と共に、またコートの内ポケットへ仕舞い込む。


「……」


先端から立ち昇る煙よりも、些か濃い紫煙を薄暗い廊下へ吐き出すと、
暫しそのまま、兵舎の天井を見上げた……。


「あぁ、ここ建物内禁煙だったりしてねぇ」


誰にともなくそう呟くと、窓のヘリに腰掛けて少しだけ廊下の窓を開けてやるのだった。




——こうして、兵舎の夜は更けて行く。

契約に応じたポーンの姿が、徐々に変じていく——。

使えそうなものと見るや、素早く取って懐へ入れてしまう。