色彩豊かな庭園を進みながら、グレンダは珍しく浮かない表情だった。

平原。王城に向かうには、ここの庭園を抜けていくのが最も安全と言われている。

水辺などを通るルートもあるが、それらの道は凶暴な生物に遭遇しやすい。

生物に襲われるという点のみでは安全な庭園だが、それは相手もわかっていること。

砂地や森での目的の見えない探索を終え、久しぶりに庭園に戻ってきた彼女が見たのは

少女達を従えた白髪交じりの男性が、あらゆる一揆参加者を一人で退けている光景だった。

会話内容はよく聞こえないが、彼は一揆参加者に対して意思を問うているようである。

平原を進んできた者達はこれまでにない強敵の出現に相当数が苦戦を強いられているらしい。


平原に戻ってきてからのことを思い返し、思わず溜息をついてしまう。

自分達が最終的に打倒しなければならないのは「王」であり、いつまでもモンスター退治に興じているわけにはいかない。

モンスターと言っても、連れて帰りたいくらい可愛い（実際幾つか連れて帰っている）ので、グレンダとしてはそんなつもりではないのだが。

それでも、あの老人を超えなければ自分達の目的は達せられないということは、グレンダにもはっきりわかる。

わかってはいるのだが、いつもなら嬉々として向かっていくその壁に立ち向かおうという気持ちになれない。


何かがおかしい。原因として思い当たることは一つ。

いつもの仲間が一人欠けていることだ。

普段から何を考えているかわからなかったが、本当に知らない間に何処かに行ってしまうとは。

次の行き先は平原だ、との言葉を手がかりに自分達だけでここに戻ってきたものの、彼が見つかる気配はない。

出会ってからこれまでの数日間だけでも、メンバーの姿が見えなくなることは何度かあった。

彼らも無力では無いし、その度に自分達の力でなんとか解決してきた。しかし、今回ばかりは心配だった。

一揆の混乱に乗じて参加者から金銭を強奪するような連中の噂は、既に参加者中に広まっている。

この世界で出会い、剣を交わす中で得た友人の名前も不安な形で聞こえているのだ。

テラーの身にも何か起きていないかと考えるのは自然なことであったし、それでなくともどうにも嫌な予感がする。


あの時、どうしてもっとしっかり聞き出さなかったのか。

また他人に遠慮して、彼にとっての“良い子”でいようとしただけなのか-----。

そんな終わりのない思考に陥りそうになったグレンダを現実に引き戻したのは、新たな敵の気配、戦闘の気配だった。

周りを見ると、これまでにない数のモンスターに囲まれてしまっている。

すっかり自分の癖が移り、ノリノリで戦闘準備を始めるエンブリオ達を見て思わず頬が緩んでしまう

うじうじしている場合ではない。私は、勇者になるためにここに来たのではなかったか。

悩みも、迷いも、不安も、今は一先ず置いておこう。せめて今は、前だけを向いて-----

すうっと大きく息を吸う。

　

砂地を離れ、森林へと移動する君の行く手に人影が見える。
噂では近頃、同じ一揆の参加者でありながら、それを食い物にする輩が出没しているらしい。
そういった手合かもしれないと、君は自然と歩調を落とし、腰元の剣をいつでも抜けるように身構えた。
人影の方も君に気付いたらしく、速度を落とす——だけでなく、気付いたと同時に剣を抜いていた。
君は歯噛みしたかもしれない。
相手がどういう手合であれ、抜いたかどうかの違いは大きな差になり得る。
襲撃者かもしれないと警戒するのなら、既に抜いているべきだったのだ。
君は後悔しながらも、頭を振って剣を抜き——相手は足を止め、声を上げた。

その言葉を素直に信じるかどうか。
少女——アムルイは襲撃者ではないと言うが、それも油断させるための手かもしれない。
だが君自身には、身を守る意思はあっても襲うつもりはない。
相手の出方次第だなと思いながら、君は敵対する意思はないことを告げた。
それを聞いたアムルイは剣を収め、

こちらが警戒していたのが馬鹿らしくなるほど、あっさりと君を信じたらしい。
ただ、それでも君の警戒はまだ解けなかった。
君だけの感覚で言えば、もう相手を信用してよかったかもしれない。
しかし君のエンブリオ——キラーウルフのスピラエラが殺気立っていた。
スピラエラは契約を介し、君にだけ伝わるように言う。

——奴から血の匂いがする、と。

え？　と疑問に思って君はアムルイを見るが、血に汚れている様子はない。
いや、正確に言えば服に多少は血痕らしきものもあるが、とっくに乾いた古いものだ。
そもそも一揆の参加者は戦いとは無縁ではない。
自分が怪我をすることも、敵の返り血を浴びることもあるだろう。
それでもスピラエラが警戒するのは何故だろうと、首を傾げながらも君は一歩、距離を取った。

彼女も不思議そうに問うが、どう説明したものか。
スピラエラが正しければ、彼女には何かがある。
しかし自分の直感が正しければ、彼女は信用してもいい相手だ。
どうするべきかと逡巡した君だが、相手はもう剣を収めている。
もし自分が間違っていても対応はできるだろうと考え、正直に話すことにした。
すると君の話を聞いたアムルイは納得した様子で、

一瞬、耳を疑った。
アムルイは今、何と言った？
キラーウルフを——食べた？

そう、なのだろうか？
君はアムルイの言葉がどこまで正しいのか、判断することができない。
何故なら君は“異世界の勇者”で、極端な話、この世界にとっては“他所者”なのだ。
文化としてこの世界では何が正しいか、それを測る尺度を持ち合わせない。
思わず考え込んでしまった君に、アムルイはさらに言う。

そう言われて、今度こそ君は理解した。
確かに君は“異世界の勇者”で、“他所者”だ。
しかしこれは、そんなものとは関係ない次元の話だった。
君は元の世界では第二王女であり、食事と言えば誰かが用意するのが当たり前だった。
その当たり前が君に思い違いをさせた。
肉や魚を食べるのなら、必ずそれを殺している人がいる。
君は今まで、それを見ていなかっただけに過ぎない。
ならばアムルイの言う通り、生きるとは殺すことに相違ないのだ。

アムルイは自嘲気味に言うが、他の生き方なんてきっとないだろう。
君はアムルイと、世界の仕組みを少しだけ理解した。
今まで見えていなかったものの、なんと多いことか。
君はもう少し話したいと思い、アムルイもそれに応じた。

いや、それはちょっと。

-ちょっとした後の話-