チセの灰色の瞳を、アールは静かに見つめた。目の奥が熱くて、じんじんと痛む。
チセに言われるまで、自分が泣いているということに、アールは気づかなかった。

「………あ、」
言いたいことが、謝りたいことが沢山あるのに。
言葉にしようとするたびに、ぼろぼろと薄っすらと光る金の瞳から、涙が零れる。

「ち、ちせ」
泣きたいのは、きっとチセも同じはずだ。傷だらけになって。チセが泣くべきだ。
なのに、目の前の彼女は、笑っている。いつもの、優しい表情でアールを見ている。
その笑顔が余計、胸に刺さった。耐えるように、手を握る力が思わず強くなる。
「……ごめ、俺…すぐ、すぐ止めるから」

止まれ止まれ止まれ止まれ……
片手で乱暴に目をこすれば、涙やら鼻水やらで、その顔はさらにぐしゃぐしゃと酷いものになる。
「大丈夫か？手当てはしたんだけど……」
チセの体に巻かれた包帯や傷当てをちらりと横目で見るが、痛々しさに耐えきれずすぐに目を逸らしてしまう。
チセの手を放し、そのまま膝に置いた手を強く握りしめた。

今しかない。
言うなら。

今。


「……あのさ、チセ」
小さな深呼吸のあと、掠れた声が漏れる。
「俺、ずっと、チセに黙ってたことがあって……」
胸がきつくなり、喉を締め上げられるような感覚。

「俺が村を出たのは、これのせいなんだ」
そう言って、額の鉢巻の結び目に手を伸ばす。手が強張って、上手くほどけなかったが、やがて布がゆっくりと額から降ろされる。
そこにあったのは、禍々しい模様。鳥神ラフロケからの、呪印。

「これ、呪いなんだって…どういうのかは、わからない。でも最近、自分が自分じゃないような時があったり……なんか、変な感覚になったり……して…」
目を伏せて、唇を噛む。血の味が口に広がった。
「……チセが不幸になる……かもしれないって」
シピリカが、言っていた。

額への視線を避けるように、アールは俯いた。
チセは今、どんな顔で自分のことを見ているのだろう。もうあの笑顔は見れないのだろうか。

「でも」
思うより先に、言葉が、口をついて出た。

「俺は、チセと、まだ…………まだ旅がしたい………一緒にいたい。文字だって、まだちゃんと教われてない。赤色谷だって、チセの故郷だって一緒に見に行きたい。チセの作った地図が見たい」
いつも、頼りないランプの灯りの下で、懸命に地形を書き込んでいたことをアールは知っている。
訪れた地の話を、懐かしそうに、嬉しそうに話してたことを知っている。

どうして、どうしてここまでついてきてしまったんだろう。

もっと早く、すぐに道を別れていれば。
ずっと独りで旅をしていれば。
こんな苦しい思いをしなくて済んだかもしれないのに。

「自分勝手だって、我儘だってわかってる、けど。チセと一緒にいたい。それだけだけど………」

我ながら、曖昧で、頼りない理由だと、アールは思った。それでも、言葉を続けた。


「…それじゃあ、だめか？」

少女はソワソワしている。