※前回のブラック(1596)日記からの続きとなります。
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──思わずでかい声を出してしまった。
けどまぁ、それも仕方がない。
こいつが馬鹿げたことをつらつらと並べるからだ。

復讐がどうだとか。
殺すために生きてきただとか。
生まれた意味がどうだとか。

耳に入ってきた言葉を何度頭の中で繰り返しても、やっぱり馬鹿な事だ。
俺はとりあえず態とらしくため息をつく。
さっきの大声に驚いたのか、目を見開いて阿呆みたいにこっちを見てくるブラックを鼻で笑った。

「お前ほんと馬鹿だよな。馬鹿っつーか、間抜けっつーか？
一人で勝手に盛り上がって、盛り下がって満足かよ。え？おっもしれーな。なぁ？」

腰掛けていたベッドから立ち上がり、ブラックを見下ろす。
そうして手を伸ばし────その青黒い髪を鷲掴みにした。

「──っ、つ…！！」

肋が痛むのか、はたまた髪が痛むのか。
俺としてはそんな事はどうでもいいし、どっちも痛んでいればいいと思う。

「な、に…すんだ……！離せ…ッ、馬鹿…！」
「あぁ？馬鹿はテメェだろうがクソ野郎。馬鹿には躾しなきゃなんねーんだよ」

抗議の声をあげるブラックに、俺はさらに拳を握り込める事で答えた。
痛むのだろう。端正な顔が苦痛に歪んでいる。
──ざまぁねぇ。

「たかが女一人殺しに行くだけだろうが。それが何でこんな大ごとになるんだっつーの。
“俺が納得しない”？するわけねぇだろ。こっちはテメェの自己満足に振り回されて頭に来てんだ。
手前勝手に精算すりゃあ後腐れがねぇってか？ふざけんのも大概にしろよ、オイ」

髪を掴む手を前後に揺らしながら、ブラックを見下ろす。
揺れる度に小さく呻き声を上げているが、そんなのは知ったこっちゃない。

「“ルードルフとして生きる”だの何だの、お前の頭ん中はお花畑か何かかよ。あぁ？
　悲劇の主人公な僕はかわいそうですーってか。気持ち悪ィ。くだらねぇ」

言い終わりに後ろに向かって放り投げるようにして手を離す。
倒れ込んだ衝撃が折った肋に響いたのだろう。
ブラックは呻き、手を肋に当てて身体を痛みで震わせた。

「……なんとでも、言えよ……僕は、決着を…つけなきゃ、いけないんだ……」

弱々しい声が下から聞こえてくる。
顔を俯けながら、痛むだろう肋に手をやったままブラックは上体を起こしていく。
俺はまだ火の点いている煙草を吸いながら、小さく見えるブラックを見下ろす。

「復讐を、果たすためだけに生きてきたんだ。それが僕の全てなんだ。
果たさなくちゃいけない……その為には、僕はルードルフとしてあの女を探さないといけないんだ」

ただでさえ白い手を、更に白くなるまでシーツを握り締める。
何度も繰り返される言葉に、俺は呆れて煙を吐き出す。
こいつ、本当に馬鹿なんじゃないだろうか。

「……だから、ジャック。これでお別れなんだ。僕はこれからルードルフとして……」
「お前の事、頭いいヤツだと思ってた俺が馬鹿だったわ」






「お前はブラックだろ」






「…は？」と間抜けな声を出してブラックは俺を見上げる。
その表情は「何を言っているんだこいつは。今までの話を聞いていたのか？」とでも言いたげだ。
もちろん聞いていたに決まっている。でなければ、相棒に対してこんなに呆れる事はない。
ブラックは妙に困惑しながら、どんな表情をしたらいいのか迷っているようだった。

「は？じゃねぇよ。お前は“ブラック”だろ」
「いや、お前さ。話、聞いてたか？何でそうなるんだよ」
「くっだらねぇ事散々聞かせやがって。何のために生まれたのか解らないの…とか、ポエマーかよ」
「ポエ…………お前なぁ……人が、せっかく……何なんだよ、お前……」

今度はブラックが呆れたように深い溜息を尽きながら、手で顔を覆って項垂れた。
俺はベッドの縁に腰を下ろして、何本目かも分からない煙草の煙を吐き出す。
相変わらず外は雨だ。何度も窓を叩いては、雫になって落ちていく。
一度深く息を吐いて、天井を見上げ、短くなった煙草をギリギリの長さになるまで吸い込む。
そうして窓に向かって、最後の煙を吐き尽くす。

「…一度しか言わねぇからな」

そう、前置きをする。
窓を叩く雨を眺めながら、俺は口を開く。


「面白ぇなら、“ブラック”でいいだろ。俺にしてみりゃ、お前は最初からずっとブラックだ。
それと、いい加減後ろばっか見んのやめろ。過去は過去でどうにもなりゃしねぇよ。
ガキじゃねぇんだ。そこは分かっとけ」


ブラックは何も言わない。動かない。
どんな表情をしているかなんてのはどうだっていい。
俺は思うままに言葉を続ける。

「相棒が言うんだ、間違いねぇ。お前はブラックだろ」

後ろに手をついて、ブラックを振り返り……
浮かべていた表情にぎょっとする。
お前なに泣きそうになってんだよ。馬鹿じゃねぇの。

「おま……馬鹿じゃないのか……なんでそうなるんだよ…
僕……俺、は…ずっとお前を騙してたのに。なんでまだ、相棒だなんて言えるんだ」

深く深く息を吐いて、ブラックは項垂れる。
項垂れたそばからブツブツと「まさかここまでとは思わなかった」だの「馬鹿に話は通じない」だの
呆れたような声音で何度も呟いた。
が、俺にしてみればどれも的外れだし、どうでもいい事だ。呆れてるのは寧ろこっちだっつーの。

「お前、めんどくせぇめんどくせぇと思ってたけど、マジでめんどくせぇな」
「お前に言われる筋合いはない」
「あとさっきの僕ってなんだよ、僕って。マジ似合わねー。キモいからもう使うなよ」
「…うるっさいな。あっちが地なんだ、仕方ないだろ」

はあ、と何度もブラックは溜息を吐いた。俺はそれを見下ろす。
シーツを握り締めていた手は解かれ、今は額に当てられている。

「……お前と話してると、言ったことがくだらなく思えてくる……」
「実際くだらねぇんだからいいだろ」
「煩い黙れ。ほんと、もうお前何なんだよ…ひとが折角、覚悟決めて告白したっていうのに。
とんだ殴られ損じゃないか」
「そーゆーのを自業自得って言うんだよ、ばぁか」

ケタケタと笑い声をあげる。
そういえば、こんなやり取りをするのも妙に久しぶりな気がする。
自分の言った事をくだらなく思う、とは言ったものの、ブラックの表情は微妙なものだ。
女々しい女々しいこの優男は、どうにも踏ん切りをつけるのが得意ではないらしい。

「…………」

ブラックに向かって腕を伸ばす。俯けていた顔を上げさせるように髪に手を差し入れた。
──写真に写っていた女と同じ色の髪が、パサリと俺の手に落ちる。
思いがけないことだったのか、怪訝そうな顔でブラックは俺を見返す。
その青い目を眺めながら、距離を詰め、そのまま顔を近づけて……──



ゴッ！！！！



「〜〜〜〜〜〜〜ッ！？」

パッと手を離すと真っ赤になった額を抑えてブラックは身体を丸めて呻く。
振動する度に肋にも響くのか、空いた手は胸に当てられて小刻みに震えている。

「ハッ！テメェは前見ろっての！女々しい女々しい相棒の後ろは男らし〜い俺様が見てやっからよ！！
ギャッハッハッハッハ！！」
「こっ……の…！クソジャック……！！てめぇ、覚えてろ…！」

らしくもない悪態を吐きながら、ブラックは忌々しそうに俺を睨みつけてくる。
そうだ、それでいい。
お前はいい加減前を見ろ。後ろになんざ、いい事なんか何もありゃしねぇんだ。


「殺しに行きてぇなら殺しに行け。そんな女は俺が殺してやっからよ」


そう言えば、ブラックはなんとも言えない笑みを浮かべて
「お前って本当に馬鹿だな」と呟いた。

突然脳天に振り下ろされた拳に思わず歯を食いしばって、その場にうずくまる
しかし頭上から降りかかってくる怒号を耳にするたび、
痛みを感じたのは頭ではなく、胸のほうだった

悔しいが、この金髪の男が言うとおりだと頭ではわかっていた

声を荒らげてそこまで言うと、ぜえぜえと顔を真っ赤にしながら肩で息をする
思いのほか、気分はすっきりしていた

言葉の途中で体がぐっと引き寄せられる
男の太い腕に頭を固定され、身動きがとれずにアールは手足をじたばたとさせた

必死に腕から抜け出そうと叩いたり引っ張ったりしてみるも、腕はびくともしない
そのまま頭ごと引きずられ、されるがままに、虚しい悲鳴と共にアールは男に引きずられていった