お願いします……この子を、お願いします…。



しっかりと抱きしめていた温もりが、離れていく。
奪うように引き離され、私の腕は所在投げに伸ばされたまま。



お願いします…お願い、します…。



ポツ　ポツ　と降り出した雨粒が、徐々に徐々に、その強さを増していく。

離れていく…あの子も。
離れていく…あの人と同じように。

足に力が入らず、そのまま道へ座り込む。
雨に濡れた髪が頬にへばり付いて
雨を含んだ服が体にまとわりついて
それでも、その場から動くことはできなかった。



…お願い……おね、がい



小さく小さく、蹲って、土に額を擦り付け



おねがい…………連れて、いかないで



声を押し殺して、誰にも聞こえないように



行か…ないでぇ………いかない、で……



大きくなる雨音に釣られたのか、はたまた、紛れさせようとしたのだろうか
声量は徐々にその大きさを増していく。



行かないで…お願い…お願い行かないで…っ



誰にも届かない願い。

でも今だけは、声にすることを赦して下さい。

誰にも届かない願いを、願わせてください。

その権利だけは、どうぞ奪わないで…。




どれだけそうしていたのだろう。
体が冷えて、震えが止まらない。

蹲ったまま、両腕を抱えるように抱く。
誰も居ない腕は……しかし、もう一人の存在を思い起こさせた。


「アデル…！」


地面を押し、弾かれるように走り出す。
水を含んだ土に足を取られ何度も転びそうになりながら
もう、一つしかない光へとがむしゃらに。


そうして
バシャバシャと激しい音を立てる足音を聞きながら
それでも、願っていた。


届いて欲しいと思いながら

届かないで欲しいとも思った。

しかしそんな気持ちなどきっと関係ないのだ。

神様は、私の願いなど、きっと叶えてはくれないのだから。

アデルの目をまじまじと見ながら、感心したようにこぼす

視線を泳がせるも、アデル自身も困惑しているのはなんとなく察した
呆れたような声が耳に届くと、居心地が悪そうに頬を指で掻いた

すっと上空にとび——

ひと息つくように羽根をたたみ