武器の手入れを始める。
　その場に座り込み、手甲の留め具を外す。爪の隙間に詰まった埃を竹串を使いかき出し、稼働箇所に油をさす。以前使用していた物よりも幾分大振りとなった爪に触れながら、その具合の検査を開始する。

　剛爪タルボ。
　故郷の言葉で警告の意味を持つ肉厚の金属爪。ずっしりとした重厚な爪は装着する自分の掌よりも二回りは大きい。だが同時に疲労を増加させ、使い手の動きを鈍らせるには十分なだけの重量を持っている。
　取り回しは悪くなった。しかし大きさに見合うだけの威力が発揮されたことは前回の戦闘で証明済みだ。

　これからは小手先の技では通じない。
　どれだけ扱いづらかろうが、手懐け、自分の力に取り込む。そのためにも武器を万全の状態に保つことは必須事項だった。
　もとより、故郷では武器の手入れを怠ることは戦士の恥と扱われるような真似だ。手抜きはしない。
　さらに加えるならば、ゼゼ自身もこういった細かい作業は嫌いではない。今はただ、武器の調整にだけに心を傾け、ゼゼは丁寧に爪の先端へと砥石をかけ始める。
　そんな折だった。

　その声は下方より聞こえてきた。次いでカタカタ、カタカタと。何かが小刻みに振動するような音が発生する。
　ゼゼは作業の手を止めぬまま、ちらりと視線を下に向ける。その先には、黄金色のランプがあった。
　ランプといってもカンテラやランタンとは種類が異なる。ゼゼの故郷である砂漠地方から持ってきた、独特の丸みを持つオイルランプだ。一見水差しの様にも見える、それが今誰に触れられもしないまま、ひとりでに震えていた。
　しかしゼゼは特段気にも留めずに意識を武器に戻し作業を再開する。すると間もなくして振動が止まった。
　一瞬静かになった。かと思えば、今度は細長く伸びた注ぎ口の中からするすると、黒い靄にも似た不定形な影が滑り出した。

　影は上昇を続け、やがて形を取り始める。
　その姿は、額に羽の飾りを持つ緑色の目をした蛇に似ていた。

　やはり視線を固定したまま、ゼゼは黒蛇の影へと呼びかける。

　カンプあ先日契約したナイトスピリットのエンブリオだ。
　戦闘中、彼の収まっていたランプを破壊してしまい、代用として用意したゼゼ所有のランプに住むようになって以来、この様な姿に変貌した。

　カンプと呼ばれた影はくぐもった低い声で答えると、せがむようにゼゼの周りをくるくると周るように飛び始めた。

　またか。心中で嘆息する。
　ゼゼは軽く周囲を見回したあと、改めて旋回するカンプへと向き直った。

　即答で答えると、カンプはすぐさま動いた。さながら空中を蛇行する蛇のように飛ぶと、言われた通り錆止めの油の入った容器を口にくわえてゼゼへと手渡す。

　ゼゼは運ばれた錆止めを受け取り作業を再開する。

　金属のこすれ。砥石の磨音。手入れの音だけが続く。
　カンプはまだ宙に浮いたまま待機していた。

　ややうんざりした様子で言葉を切ると、ゼゼは武器を置いた。

　暇があればカンプは何か手伝えることはないか、望みはないかとゼゼに問いかけてくる。
　些細な事でも率先して行うのはいいのだが、逆に些細過ぎてぱっぱと片付いてしまい、終わる度にまた新しい仕事はないかと始末である。

　多い時は数分の間に10回はくだらないという状況だ。まだ契約して日は浅いものの、これにはゼゼも少々辟易していた。

　もしそうならば何かしらの対策も立てられるかもしれない。そんな期待も込めてゼゼは浮遊するカンプに尋ねてみると

　オウム返しに問い返すと、カンプは揺らめきながら頷いた。

　ざっくりとカンプの説明聞いたゼゼは並べられた言葉を改めて整理する。そしてふむ、と頷きつつも首をひねった。

　どこかしょんぼりとした様子でカンプは答える。心なしか影も薄くなっているのは、自信の無さや無力感の現れだろうか。

　今後どうしたものかと考えていると、カンプはひとつゼゼに尋ねる。

　そんなことは考えるまでも無いことだった。

　残念そうに顔を俯けるカンプ。これを叶えられる者などそうそういるはずもないので、仕方はない。

　ほんの少しだけ考えたのち。ゼゼは口にする。
　その目に僅かながら、剣呑な鋭さを帯させて。

　だろうな。もう一度同じ言葉で同意しようとする。その最前カンプはこう続けた。

　何をもって、後者の願いを美味そうと判断したのか。
　気にはなったがしかし、ゼゼは敢えて聞くこともしなかった。。

だからその点でこの世界の住人が申し訳なく思う必要は無いだろう。
言外に、そんな言葉をにじませる青年である。
王に関して言及するゼゼに感じるヒヤリとした気配と強い決意を目前に、沈黙しつつ。

他の世界の奴らも結構女系が強いのが多かった気がする、とぼやきつつ。

数が少ないからこそ狙われるオスの子が悪いものに狙われないように。
そんなことからの風習とはいえ、させられた側にとってはたまったものではない。
己の幼少期を思い出して軽くブルーな青年である。

数多の世界があれば、数多の方法で世界観を渡るものなのだろう。
そんな事に思いを馳せつつ。

染み染みとつぶやけば苦笑いする青年である。
実感のこもった言の葉と複雑な笑みを見れば、内心、色々と思うものはありそうだ。

涙目でんぐんぐと飲み干して、ぐったりしてる青年だった。
味覚が子供、というか甘いものスキーには地味に辛かったらしい。

胸元から小さなトカゲ型サラマンダーが顔を出し、
オウラスのことをじっと見つめている…。

腰の鞄から、小瓶に入った火薬を取り出した。

ゼゼが妙に反応したことの方に驚いている。

ゼゼって自然保護官みたいだと感心するのだった。