メルンテーゼのとある夜。

森と小川の境目。

漆黒の燕尾に、純白のストールを夜風になびかせ歩く。

解いた蒼は闇に解け、水面に輝く星屑だけが、辺りを彩る。




立ち止まり、天を仰ぐ。

目を閉じ、故郷に想いを馳せていると、不意に背後の森がざわめく。

おそらくモンスターの類であろう。

さして動じることも無く、静かにそちらに向き直った瞬間、

月明かりに照らされた姿に目を見開き、息を呑む。

三つ編みにした、癖の強い碧の髪、額に流れる一筋の金。

見間違えようも無い。

故郷にいるはずの弟が、目の前にいた。

「…エイル…。」

その声を聞くや否や、紫電の瞳にたたえられた光が、穏やかなものに変わる。

「ガルヴァ…やっと逢えた…。」

末弟が次兄の前でのみ見せる、ガルにとっては見慣れた、安堵の表情。

弟は引き寄せられるようにふらふらと歩み寄る。

兄も、驚きと喜びの混ざった表情で、一歩。

と、腕を伸ばし、頬に手を添えてくる。

寂しがり屋で甘えん坊の弟のこと。

抱擁を望むのだろうと、いつものように腕を広げた。

瞬間

「！？」

唇を、彼の唇で以て塞がれた。

慌てて、肩に手をかけ突き放さんとするが、

すでに腰と頭に腕が回されていて、

術士型の非力な身体で、如何に弟と言えど前衛型の体格と力に敵うわけがなく。

何か自分の中で砕けるような音が聞こえたが、そのようなことを気にする余裕も無く。

「〜〜！　〜〜〜っ！！」

声にならない呻き声を上げ、せめてもの抗議に肩を叩く。

舌を絡められることはなかったが、捕らえられること数十秒。

「っは…！　い、いきなり何を…」

ようやく唇が離れ、息をつけば、

弟の体はそのままずるずると崩折れる。

「エイル！？」

慌てて抱き支えるが、月明かりの下でも分かるほど、その体はボロボロで。

近くの木に寄りかからせ、話を聞いてみれば、

分からない、と首を横に振り

「変な喫茶店から出たら、知らない森の中で、
　ガルヴァの気配の方に進んだら変な芋は襲ってくるし、
　川に出たと思ったら、今度はでかい海老が…。」

表情が固まっていくのを自覚するのとは裏腹に、
弟がどのような経緯で自分を探し当てたのか、
冷静に推測するガルがいた。

「ニンゲンの身体は、こんなに不便なものだったんだな。」

呆けたように溜息をつくエイルに、

「…いえ、貴方の遭遇したことは全て特殊なケースなのですが…」

ともあれ、すぐに手当てを、とガルが手をかざせば、微かに首を横に振り

「問題ない。」

少し休んだら帰るから、と治療を拒否する。

「…俺を、連れ戻しにきたわけではないのですか？」

また見開いた目を瞬かせ、首を傾げる。

「ガルヴァが帰ることを望まないのは、分かってた。」

周囲の気を取り込みながら、淡々と。

「前も、その前も、ガルヴァは被害者なのに、その世界を見捨てたりしなかった。」

ぼんやりと夜空を見上げていた顔をガルに向け

「それに、その服。
　それは、ニンゲンが主に仕えるときに着るものなんだろ？
　だったらガルヴァは、その主を見捨てたりなんかしない。」

だから連れて帰る気は無い。

それだけ言うと、再び天を仰ぎ、目を閉じた。

しかし、さりげなく髪に指を絡ませてくる弟に、

小さく肩をすくめ、続きを求める。

十分すぎる沈黙の後、エイルは観念したように俯き

「朝になれば帰る、から…
　せめて、それまで…傍に、いて欲しい。」

夜闇の中でも分かるほど赤く染まった頬と耳に、

ガルは分かっていたよと言わんばかりに微笑み、

「貴方を放って、主の下へ戻れる訳が無いでしょう？」

彼の手に絡め取られていた髪を外し、隣に腰を下ろす。

「ん。」

弟は満足そうに頷き、その手を握り返しながら、兄の薄い肩に頭を預けた。








「ついでに、何故あのようなことをしたのかも、教えてくれませんか？」

「決めてたんだ。　逢えたらキスするって。」

「…出会い頭は心臓に悪いので、次からは抱きつく程度に抑えてください。」

「…分かった。」

＞卍人さん

先ほどから赤くなったり蒼くなったりと忙しかったが、そろそろ正常な顔色に戻ってきた。

＞ご主人

小さく肩をすくめ

＞ルーチェさん

哀れみの瞳で表しながらティシアの腕の上からそっと肩に手をあてた。

　　　　　　　(遠い目)

この子本気だ