「………」

　「…………」


　王城へ至る道の途中で遭遇し、交戦ののちネクターによる『契約』をもって“人形使い”のもとに留まった、自立植物型知性体。
　アルラウネ、という種族として呼称される「それ」は、しかし友好的とは到底言えない胡乱な雰囲気を漂わせつつ、目の前の“人形使い”と無言のまま対峙していた。


　「困りましたわねぇ。
　　そんな風に疑われるような余地は、ないと思うのですけれど」

　「…信用できない。
　　…お前と契約しているエンブリオは、どれもあまりに存在が『希薄』過ぎる。
　　——つまりは。いずれ彼らを害する意図を、お前は持っているに違いない」

　「そう言われましてもねぇ……」


　大鞄を傍らに置いて、顎に手をやる形で首を傾ける“人形使い”。
　ただ、その口元には、困惑混じりではあるが余裕を失わぬ程度の笑みが貼り付いており、いささか深刻さを感じさせぬ佇まいとなってはいる。


　「…例えば、お前の周囲に漂っている地霊。
　　ほとんど実体を維持できないくらいに薄まっている。ひどい状態」

　「契約する前からこんな感じでしたけれど……」

　「…その大鞄の中で『眠って』いる水精。
　　戦闘での怪我というにはひどすぎる状態。それに、いつまでそうして閉じ込めておくつもりか」

　「こちらも後がなかったから、いささかやり過ぎたのは認めますわ。
　　でも、今の状態で『外に出す』ことが果たして彼女のためになりまして？
　　あの損傷を速やかに回復できる程度の高濃度のネクターは、手元にはない——
　　そのためにも一揆を成功させて、十分なネクターを確保する必要があることは理解していただけますわね？」

　「…そ、そもそもお前の連れている人形。
　　ちっとも生命を感じない。まるで抜けがら」

　「この子たちはエンブリオではありませんの。わたくしの『商売道具』ですわったら」


　アルラウネは言葉に詰まったようで、先程までの剣呑な雰囲気は未だ残しつつも、反論を封じられた子供のような悔しげな表情で“人形使い”を睨みつけるが、やはり次の言葉は出てこない。
　僅かに呆れ顔になってひとつ溜息をつくと、“人形使い”は噛んで含めるような口調で、目の前のアルラウネへの説得を再開した。


　「確かにわたくしは余所者ですわ。
　　エンブリオを使役するための“契約”についても、その作法を完全に理解しているとは言いがたいですの。
　　でも、逆に言うなれば——
　　エンブリオの方々と『協力しない』選択肢を、わたくしが取ろうとするなら。
　　——わたくしがどんな事をしようとするのか、その概要は見せましたわね？」


　びくっ、とアルラウネの全身が震える。
　まるで——思い出した『光景』への恐怖に、凍りついたかのように。


　「あら、あら。かわいそうに、震えているじゃありませんの。
　　ねぇ、エーメンガルト——わたくしは、『協力』すると決めた相手にはとことん尽くす流儀ですのよ。
　　その代わり、敵とみなしたもの・害意をもって向かってくるモノには……」


　くふふ、くふふふ。
　不意の突風に吹き消されかけながらも——“人形使い”の不気味な含み笑いが、沈黙を圧するように場を圧して響く。


　「…なぜ」

　「？」

　「…お前なら、私に限らず、エンブリオをねじ伏せて支配するなり、力を奪うなり、簡単にできるはず。
　　どうして、そうしない。どんな理由で、そうしようとしないのか。
　　わからない。わからないから——怖い。お前のことが、こわい」

　「……あら。あら」


　先程と同じように——わざとらしい溜息をひとつついてから、“人形使い”は妖艶に笑う。嗤う。


　「そんなの、簡単なことですわ——
　　わたくしは、二度三度と同じ“あやまち”を繰り返す愚は、冒したくありませんの」

　「……？」

　「すべてを『支配』しようとして、単純なミスのせいで自滅した、お馬鹿さん……
　　目下のところ、わたくしが一番避けたいことは、そのお馬鹿さんの後追いをすることですの。
　　貴女の言うように、誰も彼もを支配・吸収しようと躍起になるような、愚劣な行為——
　　少なくとも、“わたくし”は、まっぴらごめんですわ！」


　その言葉に、確かに虚構は感じられなかった。おそらく、芝居がかってはいるが本心を述べているのだろう。
　だが、アルラウネの心中に宿った不安が、それだけで消えることはもちろん、なく。


　「…約束、できるか。
　　私を……『私たち』を、害しないと」

　「あら、あら。
　　何をおっしゃいますの、エーメ？
　　わたくしは、協力しようと決めた相手にはとことん尽くしますのよ。何回もそう言ったじゃありませんの」


　くふふふ……
　不気味に洩れる含み笑いを、口元に手を添えて覆い隠し。
　もう一方の手を、“人形使い”はゆっくりと眼前のアルラウネ・エーメンガルトに伸ばす。


　「約束いたしますわ、エーメ。
　　このメルンテーゼを、かつての正常な状態に戻すためのお手伝いをすることを。
　　貴女たちのように、わたくしに力を貸してくれるエンブリオへ、協力と献身を惜しまぬことを。
　　——それで、よろしいですかしら？」

　「………」
　「…………」


　「……もうひとつ、聞かせてほしい。
　　お前は──お前たちは。何のために、そんな人助けの真似ごとをしているのか。
　　私にもそれくらいはわかる──お前は、他の誰かのためだけに動くような、お人よしじゃないことくらい」

　「あら、あら。……」




　それから、なおいくらかの時間を——二つの手が重なり合うまでには、要した。
　また、最後に投げかけられた質問に対して、“人形使い”は果たしてどのような答えを返したのか……それは本人たちにしか、分からない。

　今も、“人形使い”の傍らでは、不機嫌そうな表情を崩さぬアルラウネが、ぶつくさと愚痴を呟き続けている——


　「ねぇエーメ、そんなどよーんと怖い顔してたら、皆に心配されてしまいますわよ。
　　もっとスマイル重点になさいませな」

　「…断る。
　　お前だって怖いじゃないか。特に笑い声が」

　「………」