〇月　□△日　晴れ

　砂地から逃げ出した私たちは、広大なお庭にやってきていました。

　心地よい風に草花の香り。
　私はやっぱり、こういった場所が好きだと再確認しました。
　まぁ、再確認するまでもなく、大好きなんだけども。

　というわけで、今日の攻城戦は、お庭です！

　なんだか、元の世界でも見たことのあるゴブリンっぽい魔物さんや、狼さん。
　あとは、半分くらい人型の、いい香りのするお花の魔物さん。

　そんな今までとはちょっと違った魔物さんたちが相手でした。

　えーっと、魔物じゃなくてエンブリオさん、なのかな？
　勝てば契約できるんだもんね。

　……なので！

　お花のエンブリオさん……アルラウネさんと契約したいと思いました！

　……なんて決意表明してみたけど、相手が多いし揚羽ちゃんは昨日から帰ってきてないし、ちょっと不安だなぁ。

　なんて思っていたら、そういうタイミングで揚羽ちゃんは帰ってくるんだよね。
　揚羽ちゃんも、お兄ちゃんもだけど、いつもいつも良いタイミングで私の所に来てくれる。
　とっても頼りになって、だから時々頼りすぎてしまう。

　ちょっと思うところはあるけど、今はまだ、それでいいのかな。
　二人に心配かけないようにがんばるのは、もう少し未来の時間で良い。

　……まぁ、私には未来なんてないんだけれど。




　——そんなわけで戦って、アルラウネさんと契約したよ！

　……すごく困った顔されちゃいました。

　なんて、皆の言うとおり、どちらかというと不安そうな表情です。
　ハニワさんはちょっとなに言ってるかわからなかったけど。

　でも、そうだよね。
　契約したとはいっても、仲良しになったわけじゃないし、住んでたところからいきなり連れ出しちゃったんだから。

　……きっと、寂しいし不安だろうなって思う。

　四年前、揚羽ちゃんを追いかけて一人で城を抜け出した時、私もすごく寂しくて、不安で、怖かったから。
　あの後、揚羽ちゃん達と合流できなかったら、きっとお城に逃げ帰っていたと思う。

　……ごめんね。

　そうやって謝るしかなかった。

　私、どうしても、貴女と友達になりたかったんだ。

　うん、友達。
　だから、少しずつでいいから、仲良くなりたいな。

　そうやってお話すると、アルラウネさんはようやく、少し笑ってくれた。

　私の胸は、チクリと痛んだ。



　——また揚羽ちゃんだと思った？

　ざんねん、今日は私、ティアの時間でした。

　これもまた、日記じゃなくて独白？　うーん、独白とも違うような。
　でもまぁともかく、そんな感じでちょっとだけ、良い機会だから再確認しておくべきかなって。

　ん、なんの再確認だって？
　それは、たとえば種族の……例えば家族の……。

　ちょっとだけ、ちょっとした、今更始まる自己紹介。
　複雑で奇怪で、あまり大したこともない、ちょっとした私の家族関係。

　きっかけになったのは、ユナちゃんって言う女の子と出会って、話したこと。
　ユナちゃんのことはずっと一方的に知っていて、私の元の時間軸……この時点からおよそ三百年後には、普通に会って、話して、お友達になっているはずの女の子。
　まさか、ここで出会う事になっていたなんて、そこまでは知らなかったけど。

　……そうだ、ここで私と『時間』に関する話も少しだけしなくちゃいけないと思う。

　単刀直入に言えば、私の時間は15才直前の時点でほとんど『停止』していて、そこからある程度の期間が過ぎるとその停止した時の状態……記憶に関してはちょっと複雑なんだけど、肉体や精神状態については完全にリセットされてしまうんだ。

　簡単にたとえるなら、ある程度マスを進むと、必ず振り出しに戻ってしまうすごろく。

　だから私は、成長もしなければ、死にもしない。
　一応寿命はあるらしいんだけど、自分でもその当たりの事はまだ解明できていないんだ。
　なにせ、前例の無い緊急的で特異的な状態だから。

　そして、未来や過去についても知ることが出来る。
　夢や、幻視と言った形でだけども、比較的はっきりと、情報を受信することが出来るんだ。

　……まぁ、そのあたりについて詳しいことは、またいつかの機会に語るとして。
　今は、私の家族について話そうと思う。

　まずは私、純粋なエルフにして、我が国ヴィアンシエールの第一王女、ティアラ・ヴィアンシエール。

　そんな私には、当然血の繋がった母が居て、それが今の女王、セレティル・ヴィアンシエール。
　お母さんは、血筋としては純粋なエルフなんだけど、ちょっとだけエルフとは違っていて……えっと、まぁそのあたりの説明は必要ない、かな。

　そんなお母さんが、ある事情で預かっている義理の姉妹も居て、それがメリファンちゃんと、そのお姉さん。
　正確にはクローンであるところのメリファンちゃんと、そのオリジナルになるお姉さん。
　色々とトラブルもあったりして、お母さんが本気で怒ったのをはじめて見たけど、それもまた、別のお話。

　義姉妹の他に、半分くらい血の繋がったお兄ちゃんも居ます。
　お兄ちゃんは四つの血が混ざった混血種でもあって、四分の一だけエルフです。

　そして、まったく血の繋がらない、お義父さんが居ます。
　お兄ちゃんの、お父さんです。
　エルフとはまったく違う種族で、お母さんと結婚してるわけでもないので、あくまで義理のお父さんです。
　……なんて、嫌いなわけじゃないよ？
　もし二人が結婚しても、血が繋がってないから、義理のお父さんなんです。

　そして、そんなお義父さんとお兄ちゃんに共通して流れる血。

　『魔竜』と『魔族』

　どちらも、私とはあまりにも関係が無くて、繋がらない。

　魔竜は、私の知る限り暴力的で、生き急いでいて、死に急いでいて。
　そのくせ閉鎖的で混血を嫌って、純血と種を守るために、酷いことを繰り返してる。
　外の世界と関わろうとした人たちは追放されて、今はもう一つの家系が僅かな数で残ってるだけ。

　正直、種族としてみれば、とても好感を持てるような相手じゃなかった。
　もちろん、個人を見ればそうじゃないのは良く分かる。
　お義父さんも、そのお父さんも、そんな酷い人たちじゃなかったから、よく知っている。

　だから、私は魔竜という種族は好かないけど、だからってそれだけで嫌うとかそんな事はないんだ。
　それだったら、ユナちゃんとだって仲良くなれないもんね。
　……ともかく、私が知る魔竜は、そんな、とても閉鎖的で排他的な、閉じた種族だった。

　魔族については、私は良く知っていない。
　魔力の行使や、支配に高い適正のある種族という事は知っているけど、お義父さんのお母さんとは、あまり関わりがなかったから。
　それでも、魔竜と比べればよっぽど、好感の持てる種族なんだろうって、そう思ってる。

　そんなどっちの種族も、私には関係が無い。
　お兄ちゃんが血を引いてるけども、それだけで。
　……無関係というには、断言するには難しいかもしれないけれど、それでも私自身にはそれほど、関わりが無かった。

　お母さんはちょっと変わっているけど、純粋なエルフだといえるし、私も間違いなくエルフだ。
　そこに、魔竜や魔族の入る隙間はないし、今更混じりようがないんだから。

　こんな事を話すと、じゃぁ私の父親は？　って聞かれるのだけど。
　別にお母さんが別の相手を作ったとか、何か事情があったとか。
　そんな、こういう場合に期待されるようなお話は何も無かったりする。

　ただすごく簡単で、単純な話で。
　私には、血の繋がった父親が『存在しない』だけなんだ。

　私たちエルフは……えっと、本当の意味で純粋なエルフには、性欲という物がほとんど無い。
　それはつまり、生殖の必要がまるで無いという意味で、転じて、種が途絶えることが無いって意味でもある。

　それは長寿だからとか、死なないからとか、そういう意味じゃなくて、もっと単純に。
　『必ず一定数産まれ続ける』から、種として、繁殖能力はほとんど必要とされていなかったからなんだ。

　私たちエルフは、他の世界のエルフに比べてどこか変わっていて、母なる大樹と呼ばれる巨大な樹から生まれてくる。
　まるで樹に生る実のように、果実のように、産まれてくる。
　毎年、ばらつきはあるけれど、数人ずつ、必ず産まれて来る。

　だから、その大樹のある限り、私たちエルフは滅びることは無くて。
　その大樹もまた、世界が滅びるまで、決して無くなることは無い。

　それに加えて、私たちはあまり、自分たちの種が繁栄すること、発展することに関心が無かった。
　だからこそ、毎年産まれて来る新しい仲間以上に、数を増やそうとはしなかったんだ。

　まぁそれにももちろん例外はあって、珍しい事に恋人になって子供を作るエルフも居たんだけど。
　そうやって出来た子供は、生殖という過程を経て産まれたからか、人間ほどではなくても、性欲を持っていて、それに伴う感情も持っていたから、少しずつ増えては行ったのだけど。

　とはいえそれは昔の話。
　今は人間もたくさん移住してきて、いつの間にかハーフや混血の子達が増えていて、純粋なエルフの方が少ないくらい。
　人間の繁殖力はすごいなぁ、って、勉強してるとよくそんな感想を抱いたっけ。

　とまぁ、こんな風に話しておいて、これもまた私には、あまり関係の無い話なんだけど。
　ううん、関係はあるんだけど、私は大樹から生まれたわけでもないし、エルフ同士の生殖で生まれたわけでもないから。

　私たちにはもう一つ。
　もう一つ、本当に特別な意味を持った産まれ方がある。
　それは、どこか儀式めいていて、特別な資格を持っていないと許されない行為でもあるんだ。

　それは、その代の女王、それか王に認められた女性にのみ許される事。
　自分の後を継がせる『大樹の子』をその身に宿すこと。

　大樹に生る実……それがまだエルフとして産まれ落ちる前。
　まだほんの小さな実を口にすることで、そのエルフは大樹の子を身ごもることが出来る。
　そうして産まれた子は、大樹と特別な繋がりを持ち、特異な能力をもって産まれる事すらある。

　私は、そうして産まれた。

　だから私には、お母さんは居るけれど、お父さんは居ない。
　でも寂しいと思ったことはなかった。

　私の周りには、いつも誰かが居てくれて、見守ってくれていた。
　お母さんは女王としての仕事の間に、色んなお話を、詩を聞かせてくれた。
　お兄ちゃんは過保護なくらいに私を構ってくれて、お義父さんもたまにだけれど、私に会いに来てくれた。

　私の世話係としていつも一緒に居てくれた人が居て、勉強を教えてくれた人が居て。
　魔法を教えてくれた人、武具の扱いを教えてくれた人、体術を教えてくれた人。
　料理を教えてくれた人、細工を教えてくれた人、外の世界を教えてくれた人。

　皆、血は繋がっていなかったけれど、それでも私の姉のように、兄のように、母のように、父親のように。
　たくさんの事を教えてくれて、愛してもらった。

　だから私にとって、そんな皆が、家族だった。
　血が繋がっていても、いなくても、生まれも種族も関係ない。
　私を愛してくれて、私が愛した、そんな皆が家族だった。

　——そんな私の、ちょっと複雑で、奇妙な家族関係は。

　傍から見ると不思議で、奇妙なのかもしれないけれど。
　私にとってはそれが当たり前で、自然な『家族』なんだ。

　長々と、続けたけれど。
　再確認はこれでおしまい。

　種族について考えて。
　血の繋がりを考えて。
　家族について考えて。

　自己紹介を兼ねた、ちょっとした『絆』の再確認。

　大丈夫、私は今も覚えてる。
　何度振り出しに戻ったって忘れない。

　この気持ち、この想い、この感情は。

　この愛情は、絶対に。

あらためて、ぺこりと頭を下げてご挨拶をします。

ぐるりと周囲を見回して、溜息をひとつ。
メリファンさんよりも、この世界のことを、少し深刻に考えているようです。

ちょっと困り顔。直ぐに意味を汲めなかったようだ。

慰めになるかどうかはともかく、落ち込む相手に悪びれずに軽口を叩く。そして"信用してほしい"という女性の言葉には、

譲歩はするが、頑なに姿勢は崩さない。その話は終わりだと言わんばかりに締めくくり、自らの手を引く少女——鎧と槍の重さに任せて立ち留まろうとすればどうなるのか少し興味があった——に連れられ、歩みを進める。

他にも捕まった輩がいるのか、などと考えながら———

ハルは無表情でその事実を受け止め、トガノは微笑を浮かべている。
ただ、少なくとも馬鹿にしているというニュアンスではないようだ。

結構マイペースに動くタイプなのかもしれない。

軽く肩を竦めながら溜息を吐いてみせただけで、返事は返さず。
どういう意図なのかは受け手によって異なる結論になりそうだ。