○月　○▲日　晴れ

　今日はイオちゃんと平原に来ていたのですけど、なんだか不穏な雰囲気が漂っていました。

　主に、

　この辺が。

　何があったのかはよくわからないのですけど、朝起きたらユニコーンさんの鬣がちょっと千切れていました。

　そして、目撃証言から、どうやらミニドラゴンさんが噛み千切ったらしいと言うことが発覚したのですが。

　という、天使さんの鶴の一声によって、通訳が詳しい原因を聞きだす事となりました。

　なるほど、それはミニドラゴンさんはまったく悪くないですね。
　ええ、何一つ悪くありませんとも。

　とはいえ、私が口を出すと余計にこじれるのは目に見えているので。
　ここは放っておくことにしたんですけど……。

　結局。
　二人は一日中にらみ合って威嚇しあってるばっかりでした。

　最後はいい加減焦れた天使さんに、一回ずつバールのような物で殴られて、ようやく収束したのでした。




「はーあ、追い出されちゃった」

　真夜中と言ってよい時間。
　月明かりすら届かない闇色の森の中、大人のエルフが一人、退屈そうにあくびをしていた。
　ティアの可能性の一つ。もう一人のティアラ・ヴィアンシエールだ。

「カカ、自業自得だろ。虐めすぎだ阿呆」

　ソレを愉快そうに嘲う、小さな影。
　ミニドラゴンの肉体に魂だけを宿した、ティアの兄だ。

「あら、兄さんじゃない。生きてたのね」

「追いかけて来たくせに白々しいぜ」

　ティアがくすくすと含み笑い、兄がカカカ、と哄う。

「彼女に殺されて中途半端に魂だけになってどこかに行っちゃった兄を捜して追いかけてきてあげたのよ。
　たまには妹に感謝して涙流しながら喜んでみたら？」

「カカカ、おもしれえ冗談だな。
　調子に乗るなよ殴りとばすぞ」

　兄は言いながら、手頃な木を尾の一振りで薙ぎ倒し、妹はその倒された木に腰を降ろした。

「で、わざわざなんの用だよ。
　まさか自分を虐めに来ただけじゃねえだろうな？」

「まさか。
　アレを虐めてるのは事のついでよ。
　とはいえ、あの子の魔力や存在をもらいたいのは本当だけど」

「カッ、まぁお前にとっちゃ手に入れたいものだわな。
　『アイツ』の魔力も、過去の記憶もよ」

「否定はしないわ。
　でも、どちらかと言えばアレの存在……今の立ち位置がほしいの。
　それこそ記憶はそのための材料でしかないわ。
　別に私がアレに取り変わったところで、揚羽は気にしないだろうし、メリファンだって。
　ある程度辻褄をあわせれば母さんだって気づかないだろうし」

「俺は気づくぜ？」

「兄さんなんて、理由を話せば納得するでしょ？
　そもそも、兄さんがそんな些末な事気にするわけないじゃない」

「カカ、違いないな」

　兄がおかしそうに笑って、妹はため息を吐いた。

「まぁ、私がわざわざ何かしなくても、アレがいい加減現実を見ればソレでいいんだけどね。
　そうなれば私と結局同じになるわけだし」

「記憶と情報の共有か。
　カカ、相変わらずチートじみた事をしやがるぜ」

「それ、兄さんには言われたくないわね。
　そんなチートを使った上で、兄さんに何回私が殺されてると思ってるの？」

「さて、知らねえな。
　俺はお前みたいに並行次元の記憶までは持ってこれねえからよ」

　カカ、と笑いながら軽く起きあがる。
　軽く腕を動かしながら、あくびを一つ。

「それに、ソレは単にお前が俺を殺し損ねてるだけだろうが。
　しっかりしてくれよ、お前が要なんだぜ？」

「もう、ほんと無茶ばっかり言うんだから。
　兄さんの相手をするまでに、色々邪魔が多すぎるのよ。
　なんで一人で巨人族の群やソロモンの悪魔共を相手にしなきゃいけないわけ？」

　呆れたように言いながら、面倒くさそうに指先に魔力を灯す。

「そりゃぁお前、ラスボスの前には中ボスが必要だろ。
　お前にだって仲間が居るんだから問題ないはずなんだがな」

「まぁねえ。
　揚羽が半分くらいは殺してくれるから多少マシなんだけど、それだけやらせたら使いものにならなくなっちゃうし。
　いっそ兄さんだけを狙ってもらおうかなぁ」

「おいおい、勘弁しろよ。
　アイツに狙われたらソレこそあっさり終わっちまうじゃねえか」

　揚羽の隠行は完璧なんだぜ？　と、珍しく弱ったように笑った。

「だから、やらないんじゃない。
　そうなるとやっぱり『彼女』の魔力くらいはほしいところなの」

「なるほどな」

　そう言って、兄は軽く腕を振り、妹は投げやりに指を鳴らし、小さく呟いた。

　　　　　フリーズ
「──停止」

　その途端。
　二人を取り囲んでいた薄暗い闇が、停止する。
　それとほぼ同時に、兄の周辺にあった闇が、何かに吹き飛ばされて霧散した。
　吹き飛ばされたのは、混沌の影と呼ばれる現象。
　人の心と魔力を食らう、形ある災害だ。

　　　　　プレス
「──圧縮」

　そして妹がまた小さく呟き指を鳴らすと、今度は残った影がその大きさを縮めていく。
　いや、縮んでいるのは、影の周囲の空間そのものだった。
　空間ごと徐々に圧縮されていく無数の影。
　周辺を埋め尽くしていた闇色の影は、一つ残らず圧縮され、消滅した。

「……んで、お前の目的は結局アレか。
　こっちのティアと入れ替わって、強くてニューゲームってところだな」

「そうそう、それそれ。
　だって、兄さんが死んじゃったんじゃなんにもならないし。
　さすがにアルさんと二人で居るのも気まずいし」

「カカ、だろーな。
　いくらお前でも兄を殺した相手とは一緒にいられねえか」

「違う違う。
　兄さんが死んで、連鎖的に破滅してく姉さんを見るのがイヤなの。
　ちゃんと惚れた女性くらい幸せにしてよね」

「……いや、ソレばっかりは返す言葉がねえわ」

　気まずそうに頭を掻く兄だった。

「つーか、そもそも何で俺は殺されたんだ？
　そこんとこ今一ピンとこねえんだが」

「……兄さんってそう言うところ、たまに頭悪いよね」

「ほっとけ」

　女心はなかなか支配できん。
　と、妙に胸を張って言う愚兄だった。

「ま、こっちの兄さんはその点、多少マシっぽそうかな。
　まだアルさんには出会ってなさそうだけど」

「だが俺は俺だからな。
　結局、あんまり変わらないかもしれねえが……」

　そこで苦笑しながら、息と一緒に小さく炎を吐き出した。

「しかし、連中も活発になってきやがったな。
　いい加減本体を見つけて置きたいとこだが」

「見つけたとしても、今の戦力じゃ足りないわよ。
　とはいえ、これ以上影に好き勝手やられるのも腹立つけど……」

「ついでに、同種の怪物まで出てきてるらしいじゃねえか。
　なんつったか、ライダーみたいな奴らが追ってる」

「ローバルね。
　まったく、呼び込んだ助っ人が厄介ごと持ってきたんじゃ、ここの住人も災難よね」

「だぁな」

　カカカ、と笑う兄の隣で、妹は悩ましげに眉を顰める。

「ま、何にしても、だ。
　俺やお前がやる事じゃない」

「……そうね。
　こっちの事は、こっち側の住人がやればいい事だもの。
　私は私のやりたいように勝手にするわ」

「カッ、なんだいつも通りだな。
　そういうことなら、俺もやりたいようにやるとするか」

　カカカと笑いながら戻っていく兄を見送って、妹は一人退屈そうにため息をついたのだった。

少し険しい目つきになって、繰り返します。

なにかに怒るように続けていた話を止めると、息を吐いて落ち着こうとします。

最後にもう一度、ありがとうございました、と繰り返し。

急に旅を出た理由を聞かれると、急に目をそらして。

恥ずかしそうに顔を伏せて。
さっきまでの勢いだがくなってしまうのでした。

シオンは口には出さないが、若干困惑気味な表情を浮かべた。
そしてティアラに友達について問われると、それが更に加速していく。

些細な心配事。世間一般から見ればきっとそう思われることだろう。
ただ…もしかしたら、シオンの中ではそう単純な話ではないのかもしれない。

そして2人の反応を見れば、少しショックを受けたようで。

　　　　　　　背負った竹を肩越しに抜いた